2018年1月15日月曜日

「天国への階段」の拍子問題:Stairway to Heaven — time signatures

まったく出し抜けではありますが、ここ数年の間に、知己へ宛てたメールだの、SNSへの投稿だので書き散らした索然極まる駄文をここに晒したくなりました。内容もさることながら、文体の無秩序ぶりには自ら辟易を禁じ得ず。

でもまあ、めんどくせえから、殆ど手直しもせずそのまま順次垂れ流して行こうとの太え了見。とりあえずは先日ものしたばかりの漫言を以下に。先日とは申せ、中身は数年前の話題なんですが。

                  

4年あまり前ですが、 ‘Songsterr’ というタブ譜掲載サイトを偶然覘いたところ、〈間違いを見つけたら報告を〉とあったんで、常々「みんな間違ってるじゃん」と思ってたツェッペリンの『天国への階段』のギターソロについてちょいと書き込みました。ソロ自体については触れず(それもところどころ違ってたけど、もとより正確な記譜など物理的に不可能ですし)、専ら拍子、と言うか小節の認識違いを指摘しといたんです。以下にその拙文および和訳を:

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[Led Zeppelin — Stairway to Heaven]
All the notes (but the first chord) in bars 109 – 117 are mistakenly placed a half beat forward. The intro to guitar solo really starts at the beginning of bar 110, not anacrustically, so the chord at the beginning of 109 fills the whole bar — a value of semibreve. Everything after the chord delayed by a quaver's length, it all fits in 8 quadruple bars, with no need for changing time signatures.

109小節~117小節の音符が全部(最初のコード以外)、間違って半拍前にズレてます。ギターソロ導入部の始まりは、実は弱起ではなく110小節めの頭であり、したがって109小節めの頭にあるコードは1小節分、すなわち全音符の長さとなります。そのコードの後の音をすべて8分音符分遅らせれば、全体が4分の4拍子8小節に丸く納まり、拍子記号を変える必要などなくなるわけです。
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という具合なんですが、この曲のこの部分にさして関心がなく、あっても「音楽は理屈じゃない、理論(屁理屈)なんざ知るか」という健全な人々にとっては、何語だろうと意味不明なのは先刻承知。

それにしても、自分がテキトーに書いた英文を母語に書き換えるのがこれほど厄介だったとは。かなり説明的になっちゃってんのは、そのままだと意味がわかんなくなりそうなもんで。

……と言ってるそばから、懲りもせずって感じですが、このときすぐに思い出した同様の例(ズレの方向は逆)、ビートルズの『ドライブ・マイ・カー』も早速覗いてみると、思ったとおり古典的な間違いのままだったため、迷わずそちらにも容喙しちゃいました。

でもこのサイト、その後暫く忘れてたんですけど、だいぶ後にまた覗いてみたら、ツェッペリンのほうはちゃっかり譜を訂正し、あたしの指摘は消されとりました。挨拶もねえたあちょいとご挨拶(撞着語法ってことで)。でもこっちのビートルズのタブは見る人が少ないからか、まったく反応なし。ビートルズなんか簡単だってんで舐められてんのかも。

2例ともずっと昔から市販の楽譜でさえ皆間違えてんですが、世界中の人が気づかないままってのにはちょっと驚き。まあ、曲を作った本人たちは楽譜なんか書くわけないし、他人が勝手に書いたものを見る必要もないわけではありますし。

でもね、ネット社会となって久しい今日、ライブの映像、音源は無数にアクセス可能で、どちらの曲もライブでは合図のカウントが入ってるんだから、出だしの音が小節のどの位置かってのはすぐにわかる筈。ツェッペリンのほうは、カウント入りのライブ音源、70年代からレコードあるんだしさ。いや、その前に聴いてりゃどうしようもなくわかるじゃねえか。みんなほんとに気づかねえのかしら。

『天国』のほうなんざ、たった8小節の間に拍子が何度も変ることになってて、それも3/4拍子だの5/4拍子だのはまだかわいいようなもんだけど、それだって、差し引きゼロってことは、区切りがズレちゃってるための辻褄合せに過ぎぬはバレバレだし、ソロが始まる直前には9/8だなんてのが出て来やがんですぜ。4拍子ならぬ4.5拍子ってわけね。それが、ソロの手前の「まともな」小節、4/4拍子のやつの前に1つ無理やり挿入されてんですよ。1拍じゃなくてハナから半拍ズレてんだから、そりゃそうとでもしなけりゃ勘定は合うめえが。

でもそういうのが1小節だけ挟まってたって、そもそも「拍子」になんかならねえじゃねえかい。いくら表記だけ取り繕ったって、肝心の音が破綻しちゃってんのは灼然炳乎。チラッとでも、こりゃ自分がどっか間違えて聴いてんだな、とは思わねえもんかね。俺は思ったね。だから考えたのさ。そうすりゃ結構すぐ埒が明くんだけどねえ。

ともあれ、そのビートルズのほうも以下に:

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[The Beatles — Drive My Car]
The first note is really at the end of a bar preceding the existing one. The whole intro is in fact wrongly written a quaver backwards, making it felt strangely prolonged for that length just before the singing starts (thus 9/8 time). With the second quaver forwarded to the beginning of the present first bar, the phrase (save the very first note) simply lasts for two 4/4 bars, requiring no odd metre. So the crotchet at the beginning of the second (9/8) bar is really syncopated across the barline. Also, the fourth note in the second bar, 5th fret on 4th string (G) is really 7th (A).
  
最初の音は、現状の1小節めより1つ前の小節の末尾というのが本当です。実のところ、前奏全体が8分(はちぶ)遅れて誤記されており、それにより歌が始まる直前でその分妙に間延びした感じになっています(8分の9拍子という表記もそのため)。2番めの8分音符を現状における1小節めの頭に来るよう前に移動させれば、このフレーズは(最初の1音を除けば)単純に4分の4拍子2小節分の長さとなり、変拍子は不要となるのです。したがって、2小節め(8分の9拍子)の最初の4分音符は、実は小節を跨ぐシンコペーションだったということになります。それと、2小節めの4番めの音、4弦5フレット(G)となっていますが、正しくは7フレット(A)です。
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……てな御託を並べてはみましたが、この ‘Drive My Car’ も、半拍、すなわち8分のズレを無理やり糊塗せんがため、2小節しかない前奏の2つめを無理やり9/8拍子なんてことにしてやがんですよね。これ、前奏が丸ごとギター(+ベース)だけなら、歌の手前でちょいとタメたのかな、って解釈も成り立ちそうなところ、どっこいその歌の直前でリンゴ・スターのフィルが入って来ちゃうもんだから、どうしたって妙ちきりんな符割としか思われぬという次第。

その16分のフィル、てっきり3拍目の裏から1拍半、都合6つか……と油断してると、4拍目を通り越してもう1つ16分を叩き、さらに16分休んでから歌に入るっていう、あまりにも間尺に合わねえ間合い(こんだちょいとトートロジーっぽく)。歌の手前でたたらを踏むが如き心地、ってところですね。

実はこれ、3拍目の裏ではなく表から叩き出してるので、最後の休符を含め占めて16分×8……なんだ、ピッタリだったんじゃん。

でもこれだって、自分が間違えてたんだな、っていう基本的な「謙虚さ」がありゃあいずれ謎も解けるんですがね。出だしを半拍遅れで勘違いしちゃうための齟齬なんであって、最初のギターの1音だけ前倒しにすりゃあ、すべてスッパリと解決てえ寸法。

こういうアフタービート=裏拍(1拍を二分した後半……という意味で言ってます)から始めるのって、結構ビートルズの常套句でして、そんなのフツーに聴いてるこっちにはわからねえじゃねえか、って感じの名作も少なからず。最初の世界ヒット、『抱きしめたい』(ほんとはそこまで言っちゃいないけど)だって、未だに前奏の開始位置を取り違え、やっぱり歌の手前でたたらを踏んじゃう思いなんですが(トホホ)、この歌の場合は、2回出てくるサビの末尾をそのまま前奏に使ってるってのがやがてわかるから、『ドライブ・マイ・カー』ほどの謎とはならず、ってところではあります。

一方、ツェッペリンは逆の例が多く、ほんとは素直に小節の頭、あるいは拍の表から始めてんのに、つい半拍前からなんじゃないかって勘違いしちゃうんです。いずれも、半拍勘違いしたままで難なくフレーズとして受け取れる、ってところが思わぬ陥穽。「難なく」どころか、それこそが何よりの難だったりして。

似たような事例は、むしろドラムなんか入っていない、主に19世紀以降のちょいと洒落た管弦楽曲なんかにもしばしばありますね。楽譜覗いて初めて了見が知れる、みたいな。俺が鈍いのかな。でも、モーツァルトだのハイドンだのではついぞ感じたことはなく。やっぱり時代が下るにつれ、ちょいとわかりづらい凝りようを見せるようになってくんじゃないでしょうかねえ、作曲家も。わかんないけど。

……てえか、メーワクだろうとは承知しつつ、つい長々と。恐れ入ります。

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