2018年2月12日月曜日

「ハッカー」は‘hacker’に非ず?(1)

既に数年前ですが、2013年の10月、『間違った意味で使われる言葉、1位は「ハッカー」=「大辞泉」調べ』なる記事をウェブで目にし、それについて八つ当り的に愚痴った長駄文を友人に送り付けてしまいました。今さらながら、それをちょいとここに晒したくなりまして。

原文はダラダラと無秩序に続く長~い言いがかりなんですが、後からそれを少し縮め、適当なところに無理やり見出しなども挿入したりしたものを、さらにところどころ書き改めて以下に掲げようという、相変らずの要らざる魂胆。

少し縮めて見出しを挿入、などと言ったところで、いずれ姑息極まる弥縫策に過ぎぬは明白。焼け石に水ってところが実情で、その見出しで区切った文章の長さも随分と不統一なんですが、なんせこれ、ハナからまったく無計画に、全体の構成なんぞは一顧だにせぬまま書き散らしたものですので、今になって然るべき整理を施すなどという境地には到底及び得ませず。

いずれにしろ依然長大ではありますので、何とかその無理やりの区切りを利用して前後3回ほどに分割の上、順次示して参る所存。原文はワードの文書なんですが、最初に書き始めたときにはテキストファイルだったのを、話柄の都合上、どうしても文字の表示をあちこち変えないとわかりづらい、ってことに思い至り、それでワードを使うことにしたんでした。ここに掲げるに当って、まずは不要なコマンドの残滓を除去したり、改めて文字の表示をほうぼう考え直したりなど、どうも当初思っていたほど安直には参りませず……って、また何言いわけしてんだか。

まあ、とりあえずその1つめを――

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ハッカーの語義


さて、ひとまずその記事の気に食わない部分を以下に:

〈「ハッカー」を「不正行為を行う人」の意味で使うのは間違いです――小学館の国語辞典「大辞泉」は2013年10月15日に、10月16日の「辞書の日」を記念して「本来と異なる意味・言い方で使用される言葉ランキング」を発表し、誤用の第1位は「ハッカー」だった。〔中略〕「間違った意味で使われる言葉ランキング」の第1位になった「ハッカー」には、本来、「コンピューターで不正行為をする人」という意味はない。本来は、「コンピューターやインターネットに詳しい人」を意味する。「大辞泉」編集部では、コンピューターで不正行為をする人を表す「クラッカー」と混同されていると解説している。「2つの言葉の知名度・浸透度の差から、分かりやすさを重視して、新聞・テレビの報道などでも、あえて『ハッカー』を悪い意味で使うケースも考えられる」という。〉

……ってんですけど、〈……を発表し、誤用の第1位は「ハッカー」だった〉とはまた、いきなり文が壊れてますな。前節と後節が文句なく並立するならいいけど、〈小学館が発表した〉ってのと、〈1位は「ハッカー」だった〉ってのは、挨拶もなくくっつけられるもんじゃねえでしょう。〈……を発表したところとするなり、〈誤用の第1位「ハッカー」としたとするなり、もうちょっと何とかできそうなもんじゃねえかい。でないと、後節が前節の結果を述べたものであるとは見えませず。

まあそれは置いとくとして、「ハッカー」の一般的な語義というのは「無断で他人のコンピューターに侵入し、不正に利を得たり害を及ぼしたりする者」とでもいうところかと思いきや、正しくは「コンピューターで不正行為をする人」だったとは。でもそれ、いったいどんな行為をする人なんでしょう。それがまた本来は「コンピューターやインターネットに詳しい人」だってんですけど、そんな用例にはついぞ触れた憶えのないあたしがあまりにnaive(無知)だったということなのかしら。

                  

まあ、記事の杜漏ぶりから推して、大辞泉の趣意を正しく伝えていないとも限らないと思い至り、念のため小学館の当該記事も覗いてみるに、趣旨はほぼ変らず、結局納得には至りませなんだ。そもそもその「本来」というのが、「ハッカー」という日本語(外来語)についてのことなのか、原語の ‘hacker’ についてのことなのかがまず判然と致しません。少なくとも翻訳の在宅仕事で接する配信ニュースとかプレスリリースとかの英文原稿では、‘hacker(s)’を「詳しい人」なんて意味で使ってる例は皆無なんですけど。

「ハッカー」を「不正行為をする人」という意味で用いた日本語の記事も見た記憶はないのですが、それはこっちがずっと勘違いしていたからなんでしょうか。なんせ外国語たる英語を読むときほどには慎重にはなりませんので。それでも商売柄、というより個人的な性癖から、語義や語法には比較的注意深いほうだと、密かに自負していたんですがねえ。

「ハッカー」ってのは、不正なアクセスを為す者というより、たとえばソフトの不正な書換えを行う者(あたしゃそれを特に不正義とは思ってませんけど)なんかのことだって言ってるのかも知れませんけど、やっぱりそういう使い方が普通だとは信じ難い。あたしだけじゃなく、世間一般の認識からも遊離しているのは間違いないでしょう。いったいどういう「本来」なんだか。


英語における基本義


とりあえず愛用するロングマンの辞書、 ‘LDOCE: Longman Dictionary of Contemporary English’ で確かめると、単独の見出し語としては(動詞 ‘to hack’ の項を見れば、派生する‘hacker’の個々の意味も自ずと知れる道理)、87年の第2版以来、一貫して

《他人のコンピューターシステム内の情報を密かに利用または改変する者:someone who secretly uses or changes the information in other people's computer systems》

としか定義されておりません(78年の初版は残念ながら持っていませんが、恐らくまだ見出し語になってはいなかったでしょう)。ただしこの表現は95年の第3版以降のもので、87年の第2版ではもうちょっと長めになっており、《密かに》《所有者の知らない間に、あるいは無断で:without their knowledge or permission》に、また《~する者》《~することのできる者:someone who is able to ...》と書かれていました。語義の修正というより、簡潔さの向上を図ったものでしょう。〔原文作成時は09年発行の第5版が最新でしたが、翌14年刊行の現行第6版も文言は変りません。以下の引用も同様です。〕

                  

ロングマンという出版社(創業1724年=享保9年)は、長年にわたって膨大な用例を蒐集し続けており、この ‘LDOCD’ では、その膨大な標本に基づいた使用頻度の順に語義を並べるという主義を貫いております。したがって、 ‘hacker’ の語義に大辞泉の主張する「本来」のものがなく、「間違った」ほうが載っているということは、少なくとも現在の英語圏においてはその「間違った」意味での用例が大半を占め、むしろ「本来」のほうはそれほど通用していない、ということになりましょう。

抜かりなく ‘cracker’ も引いてみると、こちらは

《情報を盗んだり適正な作動を阻止したりするため、違法にコンピューターシステムへ侵入する者:someone who illegally breaks into a computer system in order to steal information or stop the system from working properly》

となっており、なるほどこれなら「不正」の度合もより強まっているようにも見えるものの、この説明の直後には‘hacker’が同義語として示されているというオチ。

因みに、この意味で ‘cracker’ が載ったのは03年版が初めてで、大辞泉の言う「本来」のほうがあとから現れたことになります。また、6つ挙げられた語義のうち、これはやっと5番めであり、用例としては明らかに「間違った」ほうの ‘hacker’ よりも遥かに少ないのです。 ‘hacker’ の項にはこの ‘cracker’ を同義語として掲げてはおらず、つまり ‘hacker’ のほうが ‘cracker’ より間違いなく一般的だということになります。

さらに念を入れて ‘hack’ と ‘crack’ も引いてみました。コンピューター関係の語義が最初に採録されたのは、前者が95年の第3版(当初は動詞 ‘to hack’ の項の末尾に ‘hack into’ という「句動詞」として)、後者が03年の第4版です。前者の ‘hack’ には、まず動詞としての語義が5つ挙げられており、その2番め(1つめは原義である「手荒く切る」)に、

《他人のコンピューターから情報を入手したりそのコンピューター上の情報を改変したりする方法を密かに見つける:to secretly find a way of getting information from someone else's computer or changing information on it》

と記されています。一方、8つ並んだ名詞の語義では、「駄文を量産する物書き」(……「三文文士」とは言いませんよね、今どき)と「三流政治家」に続く3番めとして、

《他人のコンピューターシステムに無断で入り込むためのコンピューターの使い方:a way of using a computer to get into someone else's computer system without their permission》

が挙げられているのですが、これは03年の第4版以降にしか見られません。いずれも‘hacker’からの逆成語であると判断してよいでしょう。

                  

「逆成」というのは ‘back formation’ の訳で、通常はたとえばこの ‘to hack’ という動詞から ‘hacker’ という名詞が派生しているのに対し、一見派生語的形状の語が先にあり、そこから無理やり遡って「元の」語が作られる、というような現象です。垂直状態の確認に用いられる大工道具「下げ墨」から「蔑む」という動詞が生じたのもその一例だったりして。余談終り。

                  

後者の ‘crack’ の動詞には、基本義の「ひびが入る/ひびを入れる」または「砕ける/砕く」を初めとする多数の語義の9番めに、

《違法にソフトを複製したり、純正版の機能を一部欠くような無料ソフトが純正版と同様に使えるよう、その無料ソフトを改変したりする〔……長えな〕:to illegally copy software or change free software which may lack certain features of the full version, so that the free software works in the same way as the full version》

とあり、また別掲の句動詞 ‘crack into’ として、

《特にシステムを損壊したり保存された情報を盗んだりする目的で、他人のコンピューターシステムに忍び入る:to secretly enter someone else's computer system, especially in order to damage the system or steal the information stored on it》

とありました。妙にまどろっこしくなってるのは、原記と同じ一続きの「句」にしたからです。2つに分けるという手もありますけれど、そうすると少なくとも1つは述語を含む「文」とせざるを得ず、元の形とは異なってしまうもので。

尤もこの ‘LDOCE’ では、95年の第3版以降、「定義句」ではなく文による説明という手法も採用しておりまして、「〇〇すると(←当該の動詞)、これこれこういうことになる」とか、「〇〇な(←当該の形容詞……「~な」は形容動詞の連体形ですが、そこはひとつ)人や物は、かくかくしかじかである」ってな具合。が、それは余談。

この動詞 ‘to crack’ には、用例として、

‘You can find out how to crack any kind of software on the web.(=どんなソフトでも「勝手に只でちゃんと使えるようにする」やり方がウェブで見つけられる。)’

という一文が挙げられていたんですが、何やら大辞泉の言う「間違いハッカー」の行状を表しているような気も致します(‘to crack’にはもともと「(暗号を)解読する」とか「(問題を)解決する」って意味もありますけど)。こうした行為者を指すクラッカ(ー)が「間違って」ハッカ(ー)と呼ばれている、とコンピューター通(それがハッカー?)気取りの一部が言い張り、それをまた大辞泉が受売り……ってところでしょうかしらね。

名詞の ‘crack’ のほうにも、12項めとして、

《純正版の機能を一部欠くような無料ソフトが純正版と同様に使えるよう、違法にその無料ソフトを改変できるようにする情報やコンピューターコードやっぱり長えな〕:a piece of information or computer code that lets you illegally change free software which may lack certain features of the full version, so that the free software works in the same way as the full version〔change以下は動詞の説明と同じ〕

とありますけれど、それにしては ‘cracker’ のほうは飽くまで ‘hacker’ と同じく、「(違法≒無断≒不正)侵入者」という意味でしか書かれていないのはどうしたことやら。

この ‘crack’ の動詞と名詞はまったく呼応しており、形としてはその動詞に接尾辞の ‘-er’ を付した ‘cracker‘ にも、当然その行為者を指す意味はある筈なんですが、単一の見出し語として掲げられた ‘cracker’ にはその記述がありません。同じく95年から記載されるに至ったコンピューター絡みの ‘hack’ が、87年から載っている ‘hacker’ と意味が通じているところとは、趣を異にしているというわけです。 ‘hack’ の場合は動詞、名詞ともに ‘hacker’ からの逆成ですが、 ‘crack’ は違うんでしょうかねえ。

いずれにせよ、コンピューター関連で ‘cracker’(や ‘crack’)が多少とも一般化したのは ‘hacker’ よりもだいぶ後であり、その点では ‘hack’ も同じ、ってことです。大辞泉のエラそうな主張は、少なくとも英語圏における ‘hacker’ と ‘cracker’ の実際の用例とは相容れず、外来語の正当性を担保すべき原語の実相にあっさり遺棄されれている、とも申せましょう。

                  

私とて、自分が普段使っている1つの辞書だけによりかかってばかりでは穏当を欠こうとの意識はあり、ちゃんとほかにも当っております。まず、つい買ってはおいたけどあまり使ってはいなかった ‘OALD: Oxford Advanced Learner's Dictionary (of Current English)’ の05年版(第7版;40年前の滞英中には74年発行の第3版を使ってました)を見ると、 ‘hacker’ と ‘cracker’ にロングマンと殆ど同じ説明が付されてはいるものの、 ‘hack’ にも ‘crack’ にもコンピューター関連の語義は載っていませんでした。

英語サイトで複数の辞書も冷やかしてみましたが、いずれもコンピューター絡みの ‘hacker’ については大辞泉の言う「本来」の意味に似た定義と、「間違い」である筈の語義が併記されており、しばしば後者の同義語として ‘cracker’ が挙げられています(ウェブスターには ‘cyberpunk’ も)。「似た定義」というのは、「コンピューターやインターネットに詳しい人」ではなく、概ね「プログラミングやコンピューター障害の解決に長けた者」ってところですけど。

‘cracker’ の項を引くと、「『間違った』ハッカー」と同様の定義になっていたり、まったくコンピューター関係の言及がなかったり、かと思えば単純に ‘hacker (def. 3b)’ としているものも。これ、つまりはその辞典の ‘hacker’ の定義(definition)中、3項めの ‘b’ に同じってことなんですが、それがまさに大辞泉の言い張る間違った語義で、同項の ‘a’ が「本来」のほうって寸法。

いずれにせよ、「ハッカー=不正侵入者」が間違いであると断ずる根拠は何ら見いだせません(おっと、「不正行為をする人」か。不正侵入も不正行為にゃ違いありませんけど)。 ‘COD: Concise Oxford Dictionary’ などは、2つの語義を1項目にまとめ、まず「間違い」のほうを基本義として掲げた下に、 ‘informal(=略式)’ として、

《熱狂的で腕の立つコンピューターのプログラマーまたはユーザー:an enthusiastic and skilful computer programmer or user》

と記しており、これは最も簡潔かつ的確にこの用法を述べた例だと思います。こっちが略式なんですな、オックスフォード的には(‘skil*l*ful’ でないのがいかにも英国風)。

でも、コンピューター関係の ‘hacker’、 ‘cracker’ はともに、もともと正式な言葉などではなく、ハナは一部の専門家(やオタク?)の隠語だったわけだし、それがマスコミによって一般化しても、やはり口語や俗語に分類される存在でしょう。ロングマンの ‘LDOCE’ でも ‘hacker’(=「間違い」ハッカー)はやっぱり ‘informal’ 扱いです。

‘hacker’ が ‘cracker’ の間違いであるなど、少なくとも現在の英語圏では通用しないということはもう充分にわかったわけですが、念には念を入れて英語版WikipediaとWktionary、それにときどき利用している語源辞典のサイトも覘いてみましたよ。【次回に続く】

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