2018年2月12日月曜日

「ハッカー」は‘hacker’に非ず?(3)

【承前】
 

語源の討究

 
その語源サイトによれば、(乱雑に)切る者」という意味、それと恐らくは「切る道具(鉈とか?)を作る者」という意味における ‘hacker’ の語源は、〈13世紀初期(名字として)、 hack(動詞1)から〉となっていました。こう言われると、その「動詞1」ってのも見ざあならねえ、ってことになるじゃござんせんか、どうしたって(因みに「動詞1」とか「名詞2」とかの数字は、語源別の分類によるものです)。

しかしそれはひとまず置いといて、問題のコンピューターハッカーについてはってえと、〈1983年には確実に「コンピューターの記録に不正なアクセスを為す者」という意味で使われて〉おり、これは動詞2からとのこと。

やっぱり気になるけど、 ‘hack’ は後で見ることにして先を読むと、こちらの ‘hacker’ の由来は――

〈それより少し前の技術系の隠語、すなわち「hack〔三文文士……てえか、大量の粗悪な記事を書く雇われ記者〕のようにソフトの作成や試験に取り組む者、コンピューター・プログラミングを純粋な楽しみとして行う者」からであると言われており、その用法は1976年、マサチューセッツ工科大学で生れたとされる(しかし、1960年代後期にMITの学生だった者の記憶では、当時 hack という名詞が「独創的ないたずら」という一般的な意味で使われていたとのことで、それにより「雇われて書く」といった言葉との関係はぼやけ、動詞1によるものかとも思われる)。〉

……ってんですねえ。一部は既に触れた内容ですが、名詞 ‘hacker’ の語源についての記載はとりあえずここまででした。因みに、年号はいわゆる初出の年で、これは「確認し得る最古の記録」といった意味。口頭ではその何(百)年も前から使われていたかも知れないわけです。上記の〈1983年には〉という文句も、 ‘by 1983’ に対応したもので、つまりそれ以前から存在した筈、ってことに。それでも、大昔の話じゃあるまいし、情報化社会と言われて久しい現代であれば、少なくとも記録された情報については確かだと思われます。文書ではなく、話し言葉において誰がほんとの言い出しっぺか、ってのは結局確かめようもないでしょうけれど。

Wikipediaにも語源についてはかなりの言及があるとは言え、こちらのほうが簡潔ながらより現実味があるようで。何より、確認可能な事実と、推測や風聞の類とを截然と分ける態度、というよりそれを弁別するだけの識見が感ぜられ、好きです、僕は。

                  

引続き ‘hack’(動詞1)を見ますってえと、「粗(荒)く切る」という意味での初出は1200年ごろ、古代ゲルマン語から受け継がれた言葉で、ドイツ語やオランダ語とも通底するようですね。さらには、インド・ヨーロッパ祖語(欧語全般の観念上の祖先)における「鉤」とか「歯」を指した語にまで遡り、あるいは古代北欧語の動詞からか、とも。英語の動詞にはしばしば擬声語、擬態語から生じたものが見られ、これもその一例ではないか、と勝手に思ってたんですけどね。「対処する」という意の俗語としては1955年が初出、米語においてとのことで、「頑張って通り抜ける(道を切り拓く?)」という意味合いだったそうな。

しかしこれはいわば予備知識、話の枕。主役は動詞2のほう、「違法にコンピューターシステムへ入り込む」で、こっちは〈1984年以前、明らかに hacker からの逆成語〉となっています。古い語義には「陳腐化する」(1845年=弘化2年……すみません、これ癖なんです。もうしません)、「日常的使用によって月並みにする」(1590年代)、「(馬を)通常の乗用として使う」(1560年代)などがあり、すべては ‘hack’(名詞2)からとのこと。

残る動詞3は「短い、乾いた咳をする」で、1802(享和2……おっといけねえ)年。これは〈「やっとのことで」といった意味合いで動詞1からか、または擬声語か〉とありました。こっちはいよいよ関係ありませんね。

次に名詞です。こちらは2項目に分けられているのですが、名詞1は「切る道具」で、〈14世紀初期、動詞1から〉とのこと。デンマーク語やドイツ語における類語が挙げられています。「切る行為」を指すのは1836年から、「試み」の意の比喩は1898年初出、ってこってす。

ではいよいよコンピューターにおける ‘hacker’ の語源たる ‘hack’ の名詞2について。 ‘hacker’ の項から直接ではなく、それから逆成した動詞2の起源として示されているわけですが、この名詞2こそは、異説もあるにせよ、まずは我らが「ハッカー」の故地、ってことになろうかと。既に触れたとおり、これは古代ゲルマン語を祖とする動詞「叩っ切る」とは発生を異にします。語源についてまとめると以下のように:

〈平凡な作業のために雇われる者」(1700年ごろ)は、基本的に「駄馬」を指す ‘hackney’(1300年ごろ)の略で、それ自体は恐らく地名の ‘Hackney’ から。派生義の「賃貸し用の馬」(14世紀後期)からは自ずと「疲弊した馬」、さらには「娼婦」(1570年代)、「drudge = 単調な苦役の従事者」(1540年代)との語義も生じた。「賃貸し用の車両」(1704年)との意は、「タクシー」を指す現代の俗語に繋がっている。形容詞としての用法は1734年が初出。 ‘hack writer’〔これこそ「三文文士」〕の最初の記録は1826年だが、 ‘hackney writer’ はさらに50年は古い。 ‘hack work’〔=つまらない雇われ仕事〕が記録されているのは1851年から。〉

因みに、中世には馬の産地だったという ‘Hackney’ も、既述のとおり今ではとっくにロンドン市内。これ、馬の品種名にもなってるんですが、 ‘hackneyed’ と言えば「使い古しの」って意味。 ‘hack’ の動詞2における「陳腐化する」って語義も、つまりは同じことです。

実はつい止らなくて ‘hackney’ についても深追いしてしまったんですが、キリがないのでこれ以上は触れずにおきましょう。地名の ‘Hackney’ の語源は古語の ‘Hacan ieg’、すなわち「Haca の(鉤形の?)島(湿地帯内の乾燥地)」とのことでしたけど。

どういうわけか、 ‘cracker’ や ‘crack’ の項目には、コンピューター関連の語義についての記述がありませんでした。 ‘hacker’、 ‘hack’ の項でも言及していませんね。残念。

                  

さて、まことに聊爾とは存じながら、ここでちょいと和訳上のぼやきを。上の「名詞2」の訳文中、「疲弊した馬」となっているのは、原句が ‘broken-down nag’ だったのですが、初めはこれをなんとか簡便に済まそうと「弊馬」にしたところ、それだと「死んだ馬」になっちゃうようなので、次に「廃馬」か?とも思ったけど、やっぱりどうも違う。「疲れ切って動かなくなった使役用の馬(荷駄用、乗用、あるいは競走用)」ってことなんですが、結局歯切れの悪さには目をつぶって「疲弊した~」ということに。

それでもこれは元が単語ではないからまだ許容できるんです(許容するもしないも自分なんだけど)。もっと厄介だったのが ‘drudge’ という語。なんとか1語で置き換えられないものかと足掻き、「低層労働者」(小林多喜二の「蟹工船」じゃあるまいし、こんなこと言っていいんですかね、今どき。あたしが自称する分には構わんでしょうけど)とか「賤職者」、「賎役従事者」(ますますヤバそう)などを考えたものの、意味がピッタリ重ならないし、PI(politically incorrect)ではあろうし、何より原語の持つ簡潔さに欠けるってことで、散々考えあぐんだ挙句、これだけは原記を示したあとにその語義を付すという姑息な手に出たという次第。因みに例の ‘LDOCE’ の定義では ‘someone who does hard boring work’、動詞もあり、ってことでした。

 

波及する謬聞

 
以上、長々(ダラダラ)と書き連ねて参りましたが(これを短時間でやるのが名詞 ‘hack’ の第1義、「三文文士」なんでしょうね)、やはり現在(実は30年以上も前から)の英語における ‘hacker’ は、一部の偏屈者(失礼)の間以外では、コンピューターへの不正侵入者の意味で通用しており、 ‘cracker’ は少数派によるその言い換えに過ぎない、ということです。英語の実状がそうなのだから、それを(だいぶ後から)真似たカタカナ語の「ハッカー」にそういう「意味はない」などとはまさしく笑止の極み。

ところが、このニュースへの書込みもいくつか(見るとはなしに)見てしまったところ、例によって「自分は常々正しく言い分けていた」だの「マイクロソフトも間違えてる」だのと言い張るバカ(と敢えて言っちゃいます)が結構いて笑えましたぜ。再三述べているとおり、我が国で「ハッカー」という言葉が本当に一般化するのは、卸元の米国でさえ既に ‘hacker’ が「不正侵入者」の意味で流布してしまった後(でも ‘cracker’ は漸くその「同義語」として流通し始めた頃)の90年代であり、70年代に自らを ‘hackers’ であると自認していた一部のオタク(じゃなくて専門家か)が、マスコミや世間の「誤用」に対抗して80年代に提唱した ‘cracker’ も(その前に提案した ‘worm’ は宛然「E電」といったところ)、これまた既述の如く、英語ではとっくに ‘hacker’ の単なる別名と成り果てているのです。「間違えている」マイクロソフトなどは、元祖 ‘hackers’ の1人が頭目じゃござんせんか。

繰返しばかりで恐縮致しますが、今の日本で「ハッカーはクラッカーの間違い」と言い張ることこそ、何ら合理性のない相当に恥ずかしい間違いであるは瞭然たるものでしょう。「英語はともかく日本語としての正しさを言っているのだ」という負け惜しみも当然無効ですよね。外来語の正しさを裏づけられるのは元の外国語の用法だけの筈だし、実際は殆どの外来語が原語とはかけ離れた意味で通用している中、大辞泉が間違いだと言い張るハッカーの使い方こそ、外来語としては珍しくも原語、すなわち多義語たる ‘hacker’ の最も一般的な用法と同様なのだから、いったいどこが間違いだってんだか。

それでも飽くまで「本来」に拘るってんなら、ほかの容赦なく間違った無数のカタカナ語はどうしてほっとけんのよ、って言ってやりたくなります。ほんとはどうでもいいけど。どうせこうした徒輩には外来語/和製語と外国語との区別もつかんのでしょう。偏見か。

それにしても……長えよ!  宛然嫌がらせ。

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以上、3回に分けて掲げましたが、件の記事を見た2013年当時にその友人へ書き送った長大な難癖を(多少)縮めていくぶん体裁を取り繕ったのが、つまりは上記の長駄文という次第。原文はワードの文書で、文字には諸々表示上の修飾などを施していたんですが、それを取り去ったために書き改めねばならなかった箇所も少なからず……って、そりゃ最初に弁解しとりました。毎度失礼。

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