2018年3月19日月曜日

セイかシか?(3)

少し脇道から引き返しまして、(日葡辞書における)件の ‘Xixǒ’ =「四姓」ですが、『角川古語大辞典』の引用では――

〈四つのうぢ、みなもとうぢ、たひらうぢ、ふぢはらうぢ、たちばなうぢ、これを、げん、ぺい、とう、きつといふ。〉

となっており、一方の『小学館日本国語大辞典』、つまり土井氏による古いほう(1960年刊『日葡辞書』)の記述(を写したと思われるもの)では――

〈ヨツノ ウヂ、すなわち、ミナモト ウヂ、タイラ ウヂ、フジワラ ウヂ、タチバナ ウヂ。コレヲ ゲン、ペイ 、トウ、キツ、ト ユウ。《訳》「日本の古い四つの家族」〉

との文言。これ、古いほうがポルトガル語による表記、すなわち――

〈Yotçuno vgi. Minamoto vgi, Taira vgi, Fuj(g)iuara vgi, Tachibana vgi. Coreuo guen, pei, tô, qit, to yŭ.〉

に忠実なのに対し、新しいほうの『邦訳 日葡辞書』が普通に「今どきの」歴史的仮名遣いにしてあるのは、何気なく余計なお世話だったりして。

原記がおもしろいのは、たとえば「平」が ‘Tafira’、すなわち「タヒラ」ではなく、「藤原」も ‘Fugifara’、つまり「フジハラ」ではないってところ。「言う」もまた ’‘ であって「イフ」ではなく、当時既に実際の発音が表記と異なっていたのがわかるという次第。今と同じかどうかはさておき。

それとは裏腹に、「橘」が ’qit‘ で、末尾に母音がついていないのは(摩擦音の‘ç’もありませんが)、今では消失してしまった、破裂に至らない閉鎖音(内破音)、いわゆる入声(にっしょう)という漢字の発音法がまだ生きていたってことでしょうか。いずれにしても、欧語の文字ならではの描写力、って感じは致します。

                  

因みに、この入声の名残りと思われる ‘t’、『邦訳 日葡辞書』では語末の小さな「ッ」で表しておりますが、今日の字音では普通に[ツ]と発音されるものの大半がそのように示されてます。

〈Iit. ジッ(日) Fi.(日) 太陽.例,Iit, guet.(日,月) 太陽と月と.〉

てな塩梅。[ジツ]も[ゲツ]も[ツ]は母音を添えず、それどころか口は閉じたままだったってことに。ただし、語によってはそうとは限らず、「蜜」は ‘Mitçu’、「末代」は ‘Matçudai l, Matdai’(‘l’ は ‘vel’ の略で「または」の意)となっています。後者は促音ってことなんでしょうが、現代音ではやはり無声音 /t/ の前でしかその手は使いませんね。

呉音[ニチ]に関しては、「日限」とか「日々」とかの記載はあるものの、単独の見出し語としては扱われておりませんでした。〈Nichiguat. ニチグヮッ(日月)〉という項目はありまして、つまり呉音でも「月」の字は入声、未開放閉鎖音。

そう言えば、「一月一日」って歌がありますね。「年のはじめのためしとて……」ってやつ。あれの題名を「いちがついたち」って言うのは間違いで、正しくは「いちげついちじつ」だってラジオで言ってんのを聞いちゃいまして。まあ実際それで通ってるわけだけれど、わざわざ「正しくは」って威張るなら、ここは一番「イツゲツイツジツ」とやって貰いたいものよ、ってちょっと思ったことでした。

池波正太郎はしばしば「吉日」に「きちにち」って仮名振ってましたけど、「大安吉日」ってのを「正しく」読めば「タイアンキツジツ」(漢)、または「ダイアンキチニチ」(呉)の筈。いや、どうでもいいんですけどね。ただ、むやみに「正しさ」を誇示しながら、随分と半端なこと言う人が多いもんだと思って。

                  

また逸脱してしまった。そんなことはさておき、この土井忠生解題による『日葡辞書』からの引用の末尾、〈訳〉として付された文言にある「家族」ってのは、ちょっとした誤訳なんじゃないかしらと。

英語の ‘family’ について申さば、「家族」という対応語はそれよりかなり狭義であると言わざるを得ません。日本では複数の家族から成ることになる親戚一同を悉く包摂するのが ‘family’、っていうのが実のところ。それどころか、通常は(貴族ででもなければ)まったくの他人どうしとなる、遠い祖先を共有する(ことになっている)一族、それこそかつての「うじ(氏)」に相当するのがこの ‘family’ だったりするので、ここは一番、「日本古来の4つの家系」、あるいは「4つの名族」ぐらいにしといて貰いたかったような。あたしゃポルトガル語なんざ今のも昔のもまったく知りゃあしないんですが、「古い家族」てんじゃあ何だかちょっと……って思いませんか?

またぞろおいらがおかしいのか。

                  

なお、 ‘ǒ’ と ‘ô’ の書分けによる母音の「開合」の違いは、今の(標準的)日本語には存在しないのですが、これがまた、「アフ」と「オホ」といった仮名遣いの別には対応していても、当時の実際の発音を伝えるものとは限らんのです。「開音」と「合音」は、もともとは中国語の音韻についての用語を日本語に充当したものだったようですが、口の開きの差による区別だってんですよね。「合」は唇をいくぶん合せるように発音する、という意味なのでしょうか、「開音」より開きが小さいわけですが、現代の共通語における[オー]にはその「合長音」のほう、  /oː/ しかありません。小4で習った訓令式ローマ字でも ‘ô’ という表記になっておりました。一方の /ɔː/ と表記される開音は、ほんのちょっと[ア]に近いものですが、いずれもとっくに合音のほうに収斂されているというのが実情。

しかしこの2つの記号が示す音韻、口の開け方という「外側」よりは、舌と口蓋との距離という「内側」の違いのほうが重要なんですよね。音声学、音韻論で「開母音」と言えば、それは「閉母音」の対義語であり、前者は「広(ひろ)母音」や「高(たか)母音」、後者は「狭(せま)母音」や「低(ひく)母音」とも呼ばれるもの。いずれも、両唇ではなく、舌と口蓋の間が開いているか閉じているか、っていう意味なんです。実際、口の開きよりは口の中のほうがよほどものを言うのは、腹話術という芸が成立し得るという事実によっても明らかかと。

                  

ついでのことに、この /oː/ と /ɔː/ の違いは英語にもありまして、日本語とは逆に、現代の標準発音では前者の「合音」、厳密には「半閉母音」のほうがなくなってます。その結果、たとえば ‘horse’ と ‘hoarse’、 ‘morning’ と ‘mourning’ は、英米ともに「開音」こと「半開母音」たる後者の /ɔː/ で発音されるのが普通なんですが、北米人の中には、今でも ‘horse’ と ‘morning’ は /ɔː/、 ‘hoarse’ と ‘mourning’ は /oː/ と発音し分ける者も少なからずいるのだとか。

日本でも、一部の俚言には未だにこの「開合」の違いが残っていると言いますから、田舎ほど何かと古い言語現象が遺存しているのは洋の東西を問わず、ってところでしょうかね。標準的英音ではとっくに同音異義語となっている ‘paw’, ‘pour’, ‘poor’(/pɔː(r)/)が、米音では標準的発音とされるものでも全部別音(/pɑː/、/pɔːr/、/pʊr/――ただし、いずれもC Wellsによる音韻表記)になってたりします。標準英音では母音の直前でない限り/r/は発音されないのですが、1例めの ‘paw’ の場合などは、次に母音が続くと、条件次第ではどこにもない筈の /r/ 音が(無意識のまま)頻繁に挿入されるという非合理な実状もあったりするんです。 ‘paw in ...’ といった語列においては、大概 /pɔːr ɪn/ と発音されるわけですが、米音ではそんなことはあり得ない、と以前一緒に飲んだ米国人が言ってました。

全般に、米音のほうが綴りとの関連性はかなり温存されているとも見えますが、日本語の場合と同様、現代語としてはそれがつまりは「訛り」の表れであるとも言えるでしょう。

                  

また話が逸れてしまった。日葡辞書に戻りまして、 ‘ǒ’ と ‘ô’ の区別が必ずしも現実の音韻の違いに対応していないことは、ポルトガル人の編者による「序言」に、この両者の混淆が蔓延しつつあることを当時の日本の識者が嘆いていた、という記述があることからも充分窺われます。まあ、それを言語音の堕落だと言うなら、今の共通語、近代以降の標準語なども、言語道断なるとんでもない代物、ということになってしまうでしょう。鼻濁音がどうだ無声母音がこうだという下拙の言説など、所詮は身勝手な感傷に過ぎぬと言われればそれまで。山田耕筰のことをエラそうに言うのはお笑い草かも、ってことは自覚の上でございます〔この辺は、長大極まる「本論」の趣旨に触れたものです〕

おっと、またも逸脱しかかりました。ともあれ、こういう外国語による辞書がなければ、この当時の日本語音については日本人にもわからぬままだったとは申せましょう。尤も、福田恆存などは、ポルトガル語、それも16世紀頃のポルトガル語などは知りもせぬ者が、この日葡辞書の記述を盾に断定的なことを言うのは軽忽に過ぎる、てなこと言ってます。そりゃそうだ。

中世末の日本語には母音が3つしかなかった、などはまさにそうした早とちりの例で、ポルトガル人、それも当時のポルトガル人が、これまた当時の、それも一部の地方における日本語をどう聴き取り、それをどう書き表すことにしたか、ってのが日葡辞書の音韻表記なのだから、頭子音(を表す文字)を伴わずに ‘e’ と ‘o’ が記されている例がないからと言って、その頃の日本語ではその2つの母音が単独で発音されることはなかった、などは愚の骨頂……とまでは言ってないけど、おらもそう思いますだ[語頭の「え」は ‘ye’、 同じく「お」は ‘vo’(ヲ)、 ‘vǒ’(ワゥ)、 ‘vô’(ヲゥ)と表記。ただし ‘v’ は「ウ」に対応]。

それどころか、「い」については ‘i’、 ‘j’、 ‘y’ という3つの表記が用いられているところから、この時代はこの母音が3種の別音に分れていた、などというのも疎漏の極み。16世紀のポルトガル語の文献では、この3者は専ら読字の便宜のための綴り分けに過ぎず、何ら音韻の差異を示すものではない、とのこと。もちろんポルトガル語なんざこれっぽっちも知っちゃあおりやせんが。

                  

これだけ外国語についての情報が溢れている(かに見える)21世紀の今日でさえ、依然大半の日本人にとっては、英語の ‘track’ と ‘truck’ はまったく同じ「トラック」だし、 ‘play’ と ‘pray’ もやっぱり「プレイ」(プレー?)という1語でしかありません。かと思えば、どのみち同じバ行でしか発音できないくせに、 ‘v’ は「ヴ」であり、「ブ」と書くのは ‘b’ に限る、などと威張るバカも跡を絶たず(俺もまた随分と威張ることよ)。発案者たる福沢諭吉のやり方だと、前者はワ、ヰ、ウ、ヱ、ヲに濁点なんですけどね。どうせ無駄な悪足掻きでしかないにしろ。

ヴィだのヴェだのって書き方は、戦後の国語改革で本来の文字自体が亡き者にされちゃったための弥縫策。ワとヲなら使えるのに、巻き添えになっちゃったのね。いずれにしろ、対応する発音はもともと欠けてんだし、ハナから実際の「国語音」のとおり、バ行で書いときゃいいだろうぜ(もちろんハ行音、 /h/ の有声版なんてこたありませず)。

しかしそれにしたって、 /v/ は /f/ の有声音なんだから、 ‘vat’ が「ヴァット」なら ‘fat’ は「ウァット」かえ? バ行だって、 /b/ は /p/ の有声音で /h/ はまったく関係ないわけだし、[フ]は飽くまで /ɸɯ/ であって /hu/ なんざ殆どの日本人にゃ生涯発音できねえんですぜ。どうすんだよ、もう。

てえか、カタカナ語なんてもんは、所詮どうしたって全部日本語なんだから、日本人の読み方に従って書くしかあるめえよ。いちいち言うのもくたびれるわい。

                  

いかん、どうしても話があらぬ方向へばかり流れてしまう。生来の性分によるものです。すみません。今回はここで切り上げ、次回はひとまず姓氏の問題に戻る所存。己が散漫ぶりには、もうあきれたフリをする気にもなりませず。

                  

と言ったそばから、その前にちょいと補遺の如きものをひとくさり。この『日葡辞書』、ほうぼう拾い読みしてたら随分とおもしろくて、つい1時間以上もあちこち覗いてしまってました。是非とも欲しいところだけど、もう絶版なんですよね。残念。まあ、どうせ今の我が身にはそんな金銭的余裕などあり得ぬし。40年近く前で2万円という高価な書物なんでした。別冊の索引も税込\6,500。こちらは4年遅れの1989年が1刷。消費税導入の年ですが、図書館にあったのは95年の4刷。消費税は依然3%の時代です。

そんなこたどうでもよかったんだ。ええと、たとえば「日本」の読み方ですが、 ‘Nifon’(ニホン)、 ‘Nippon’(ニツポン)に加え、 ‘Ippon’(ジツポン)の3通りが載ってます(既述のとおり、 ‘J’ を欠くため、 ‘j’ の大文字は ‘I’ で代用。また、「ホ」はもちろん[フォ]と発音)。これで、「ニホンではなくニッポンが正しい」とか、「ジャパンだのジパングだのは国辱である」などという主張は根拠を失うことに。そんなもん初めからないけれど。

それにしても、どうして最も穏当とも思われる漢音の[ジッポン]が当の日本語からは姿を消したものやら。400年前にはまだあったことが、こうして外国人による労作のおかげでわかるってわけですが。

                  

ともあれ、ほかにも実に興味深い記述に溢れておりまして、図らずもつい嬉しくなっちゃったんですけど、ここでは本題である姓氏問題に限った情報だけをご紹介しておきましょう。

まず、 ‘Xi’(シ)という見出し語に「氏」の記載はないんですよね。思ったとおり。その音では「死」、「四」、「鷙」、「詩」、「志」、「士」、それに動詞の ‘Xi, suru’(為、する)など、結構多くの語が載録されてたんですがねえ。

一方、「姓」もまた、 ‘Xei’(セイ)、 ‘’(シャゥ)いずれの下にも記載はなく、 ‘Xeimei’(セイメイ)の項も「制命」と「清明」だけで、「姓名」は ‘Xǒmiǒ’(シヤウミヤウ)としてしか載ってはおりませんでした。

Xeixi’(セイシ)には「制止」と「誓紙」、および動詞として ‘Xeixi, suru’(制し、[制]する)があるのみで、‘Xixei’(シセイ)にも「死生」と「熾盛」しか示されてはおりません。

Xixǒ’(シシャゥ)には、既述の「四姓」(「カースト」の意でも記載)のほか、「死生」、「師匠」、「四生(胎生、卵生、湿生、化生)」が挙げられておりました。

現代音で「しょうじ」となる語は、母音、父音(頭子音)ともに2種類に分かれ、いずれも「識者を嘆かせている」発音の混乱が進行しつつあったわけではありますが、正しい音韻、および正しい仮名遣いに従って並べられてました。

Xôgi’(シヨウヂ)「小路」; ‘Xǒji’(シャゥジ)「勝事」= Sugureta coto(勝れた事)――ただし、 ‘Xôji’ (ショゥジ)の誤り; ‘Xôji’(ショゥジ)「小事」; ‘Xǒji’(シャゥジ)「障子」、「精進」、「生死」

……といった塩梅。

「精進」は野菜料理一般の意で、 ‘Xǒjin’(シャゥジン)と発音すれば、語源である「仏道修行のために肉食を避けること」の由。ただの精進料理は「しょうじ」って言ってたのね。

どうも、姓氏(セイシ)、氏姓(シセイ)ともにこの頃は誰も言ってなかったようですぜ。後者については‘Vgixǒ’(ウヂシャゥ)として載録されておりすが。

さて、ことのついでに関連語句もいくつか列挙しておきましょう。

✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑

〈Azana. アザナ(字) 人が子供の時からつけられている名前.¶または,本来の,すなわち,最初の名前.例,S. Paulo no azanaua Saulo to yŭ. (サン‐パウロの字はサウロといふ)聖パウロの最初の名前はパウロであった.〉
〔↑これはそのまま引用。以下〈 〉内は同様。〕
 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Cabane’(カバネ)「骸」、つまり死骸。
 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Miǒji’(ミャゥジ)「名字」――〈姓,または,添え名1) ※1) 原文は sobre nome. 洗礼名のあとに続ける名前.〉
〔↑さすがはキリシタン宣教師向けの辞書、って感じ?〕
 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Nanori’(ナノリ)「名乗」――〈人が名乗ったり,署名したりするのに用いる名前.〉
〔↑「名乗る」というのは、主に戦場での習慣を指すもののようです。「あざな」に対して、正式名というほどの意味になるかと。〕
 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〈Vji. ウヂ(氏) または1) sugime.(筋目) ※1) 原文には l, とあるが,i,(すなわち)の誤りか.〉
〔↑ ‘l’ が ‘vel’ の意であることは既に述べましたが、 ‘i,’  は ‘idest’ の略だってことです。〕
 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Vgixǒ’(ウヂシャゥ)「氏姓」。
 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Vgixujǒ’(ウヂシュジャゥ)「氏種姓」――前項と同義。

✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑ ✑

……という具合です。なお、「氏」は ‘Vgi’(ウヂ)ですが、「蛆」は ‘Vji’(ウジ)と記載。ただし、これも実際の発音は当時既に混淆していたかも知れません。

ではまた次回。相変らず長えよな。

0 件のコメント:

コメントを投稿