2018年3月25日日曜日

無声母音はどうする?(3)

さてその、田村正和をも凌ぐ無声母音の欠落ぶりを誇る人物、誰かと申しますと、瀬戸内海は小豆島(香川県)の出身、石倉三郎という御仁。何ら勿体をつけるつもりはなかったんですが、前回もまた長くなっちゃって、あのまま続けてたら区切りがつけられそうもなかったもんでつい。すみません。

ともあれこの石倉氏、中学で大阪へ転居、二十歳の頃には東京へ引っ越したそうなので、まあ普通の地方出身東京在住者なんですよね。それでどうしてあの訛りがとれないのか。無声母音の欠落に関しては京阪なんかより小豆島のほうがよほど根強い、ってことでしょうか。あるいは四国全般の傾向? 鼻濁音同様、いずれにしても京の都なんかよりよっぽど古い音韻を遺しているのは間違いないでしょうけれど。日本中の田舎の言葉に通底する事象ではありますが。

とにもかくにも、この人もまた江戸っ子役なんぞを、それも数年ににわたって演じてたんですよね。それが田村兄弟など遠く及ばぬ反江戸弁発音。『八丁堀の七人』という、考証上は(他の時代劇同様)かなりの誤謬に満ちた、数次に及ぶシリーズもののレギュラーで、北町奉行所の同心役。主演の村上弘明が岩手出身ながら完璧な江戸弁(東京発音ってことですが)であったのに対し、この石倉さんはほんとどうしようもありませんでした。中村主水の藤田まこととは対極をなすが如き似非八丁堀。
 
                  

藤田まことで思い出した。「主水」が「もんど」なのは、原形が「もいとり(もひとり)」、すなわち「もい」=「水(を盛る器)」+「取り」だからで、「(偉い人の)飲料水(その他)の管理(担当者)」てえほどの意味だそうで。以前たまたま本屋で見かけてつい買ってしまった「官職要解」っていう分厚い文庫で知りました。初版は百十数年前の明治後期という古い本の新訂版。「主水司」(もいとりのつかさ/もんどのつかさ)というのが古代の宮中におけるその所属部署……って、そんなこたどうでもいいや。失礼。余談終り。
 
                  

石倉三郎の話でした。本人にはその訛りが認識できていないのは明白ですが、どうして周囲の制作従事者がほったらかしなんだか。やっぱりもう諦めちゃって、とっくに容認済みってことんなってるんですかね、東京語として。それでも金輪際江戸弁だたあ言わさねえぜ!……なんてリキんでも空しい限り。

どこがダメって、あぁた、「今月は北町の月番だからな」てな台詞があったと致しやしょ、それをこのシト、「コンツはタマチのキバンだからな」って言うんですよ。ボールド箇所は決然たる非鼻濁音および非無声音(無声父音+有声母音)。聞いてるこっちも疲れるけど、あんたそれじゃさぞ言いづらいだろう、って感じ。さすがの田村正和だってそこまで念入りじゃありませんぜ。

あ、この石倉さんだって、あたしゃ別に嫌いじゃありませんから。むしろ、かつての相棒、故レオナルド熊よりゃよほど好もしい、とは思っとりました。ただ、共通語、日本の標準的方言の基本的音韻がまったく操れないまま役者を名乗る(と言うより、周囲がそれを看過する)だに「う~ん」って感じなのに、それが代々江戸っ子であろう八丁堀同心でございったって……ってことなんです。

〔以下、八丁堀同心から町奉行およびその役宅、さらには大名その他の苗字事情など、数ヶ月にわたって逸脱、迷走を続けた挙句、肝心の「アカトンボ問題」には生還し得ぬまま一旦頓挫。なんとか再開したのは、1年余を経た昨2017年も終盤でした。今回の掲載分は、元の投稿の途中ではあり、短いだけでなく話も中途半端なままではありますが、今回は敢えてここで区切り、次回はその半年余りを隔てた再開分から再録を続ける所存。なお、今回分の後に続く町奉行ネタについては、こちらをご覧くだされたく。〕

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