2018年5月5日土曜日

3種の宇宙?

2014年8月23日土曜……と、日付まで残ってんですが、その日、旧友からメールで「宇宙」に当る英語について質問を受けまして、改めて考えてみたところ、その歳まで気づかなかった(考えたこともなかった)ことがいくつかわかったという話をちょっと。

まずはその友人からのメールを:

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ときに質問。
日本語の「宇宙」、英語では(カナで書くけど)「スペース」「コスモス」「ユニバース」なんて言っているのを聞くが、これらに明確な使い分けのあるやなしな。その段をお聞かせ願いたい。
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これに対する拙からの返信を以下に。2回分を後から編集し、余計な文言は削除してます(これでも!):

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まずは宇宙の字義をこそ確かめねばなるまいと思い、デカい漢和辞典に当ったところ、漢語としては本来、空間のみならず時間をも含めた「全部」、すなわち森羅万象ってほどの意味だと判明。ふーん。

「宇」は庇とか屋根とかが原義で、そこから家だの建物だのという意味が派生し、さらにその内容物からの比喩で、人間の度量なんてなものをも示すとのこと。堂宇だの気宇だのとは言いますな。この意味では ‘space’、 ‘universe’、 ‘cosmos’ のいずれとも共通する要素はない〔何気なく順番間違えてます〕。 ‘space’ はちょっと重なる部分もあるか。「宇下」だの「宇内(うだい)」てえと、天下とか世界とかって意味合いで、宇宙船だの宇宙飛行だのという現代の用法に比し、どうも地上が主体となりそう。

一方「宙」は空(そら)とか空中とかいうのが元々の意味かと思ってたところ(「宙返り」だの「宙を舞う」だのって言うからねえ)、こちらこそ「時間」が第一義らしい。空間という意味では‘space’と同義と言えましょうな。で、これに「宇」を冠した「宇宙」のもともとの意味は、時空をひっくるめたこの世の一切合財……みたようなもんになるようで。

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そこで英語の使い分け。既述の如く、 ‘space’ てえと地球上だろうが地球外だろうが、とにかく「空間」てえ意味。語源はラテン語の ‘spatium’ とのこと。「隙間」とか「広さ」(場所? 面積?)てえほどの言葉である由。同時に「宙」と同様、「時間の経過」をも指すのだとか。

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さて次に ‘universe’ はてえと、これが漢語の宇宙に最も近いような気もするのだが、つまりは世界の全体てなところ。今でも、宇宙ではなく地球上の世界全体という意味で ‘universal’ っていう用法は現役です。容易に連想されるのではないかと思料致しますが、 ‘university’ ってのも、あらゆる学問の場を集めたるもの、ってことで。

これは純然たる単語にあらず、前半の ‘uni’ と ‘verse’ が合したものと思いねえ。ラテン語の原義では前者はご存じ「1つ」(原形は ‘unus’)、後者は「転ずる/変ずる」〔同じく ‘vertere’、その過去分詞(中性形)が ‘versus’〕、ってこってす。つまり「まとまって1つになったもん」ってのが ‘universe’ の意味するところ。それで「全体」とはなる。現代語の宇宙とはやはり異なり、万物とか全人類とかってほうがよっぽど近い(近かった)。

この ‘universe’ に対応する直接の語源は ‘universum’ で、 ‘vertere’ が動詞、 ‘versus’ がその過去分詞、すなわち形容詞形、そんでその過去分詞の名詞形が ‘versum’ てえことに(何だかよくわかんないね)。動詞は「転ずる」とか「変ずる」などとしましたけど、現代英語の ‘turn’ に相当。 ‘universus’ で、 ‘turned into one’ てな意味になるてえ寸法。ラテン語はもちろん知らないけど、「過去分詞の名詞形」ってのは今の(?)英語にはとりあえずないな。 ‘universum’ はさしずめ ‘being turned into one’ ってところでしょうか。

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お気づきのように、この ‘versus’、「武蔵対小次郎」の「対」てえ意味でよく現れるやつです。てえより、日本でもよく ‘vs’ と略され、専らその意味でしか使われないのではあるまいか。実はこれ、 ‘turned against’ って心なんだとさ。この場合の‘turn’は「転」ではなく(まして「変」ではなく)、「向」って感じかと。

ある言語においては同義として扱われるものが、他の言語では別の意味とされる例は多い(それのわからねえヤツが多くて、浅薄極まる了見の下に俺の苦心の訳文にケチつけたり)。だから、このラテン語動詞 ‘vertere’ は英語では ‘turn’ にしときゃそれでよさそうだけど、その両者とも日本語(和語、字音語を問わず)じゃいつも同じできるとは限らない。「変」だの「転」だの「向」だのってのはそういうことで、それらがラテン語や英語では単一の語(てえか概念)として括られてるってだけのことよ。

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残る ‘cosmos’ でございますが、これはギリシャ語源にて、 ‘universe’ とほぼ同じ概念を指す……とは言え、語感の違いがそのまま原義の違いのような気も致しますな。もともとは全体とか総体とかってより、「秩序」ってのが本義だと。そうなると、単に(地球の内外を問わず)とにかく世界の一切合財ってだけでなく、それがみんな仲良く安寧を保っている状態、とでもいうことになりそう。

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てことで、どうでしょ。「宇宙」という漢語も、ラテン語、ギリシャ語から派生した ‘space’、 ‘universe’、 ‘cosmos’ も、すべて古来の言葉(英語は全部「宇宙」より若いけどね――もちろん日本語ではなく漢語としての)であり、当然今とは意味が違うってとこがちょっとしたミソだったりして。

おりゃあどっちかてえと、英語より漢字の宇宙のほうをよく知らなんだ。ちゃんと知ってるやつぁあんまりいないね。たぶん。
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……てな次第にて。毎度お粗末。

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