実はそれ、 ‘finite’ よりさらにお呼びでないような風情も漂わせつつ、 ‘tense’、「時制」という動詞の形にはその ‘marked’ という分類が充当されたりもする、ってことで、ひとまずはその語義などを概括しとこうか、というのが今回の趣旨。因みに、 ‘infinitive’、「不定詞」ってやつは、対義語たる ‘unmarked’ に当てはまるんですけど、そういったことについて述べて参ろうという魂胆です。
「有標」「無標」の「標」は、単体では「標識」と訳されてるようなんですが、対応する原語は ‘marker’ でしょうね。でも、 ‘to mark’ という動詞も、その派生形である ‘marking’ やこの ‘marker’ も、たぶん先行する ‘marked’ からの逆成なんじゃないかしらと。
とにかくその ‘marker’、 ‘marked’ という状態を示す ‘morpheme’ (「形態素」ですと)である、ってなことが、英語のサイトには書いてあったりもするんですけど、その ‘morpheme’ たあまた何のことかと言いますと、言語における最小の意味単位なんだとか。言語におけるったって、文法、つまり統語上の要素として最小なのか、形や意味の上で最小だってのか……。まあ、例によってその辺は流々って感じではあります。
‘function marker’ (機能標識?)てな言い方も散見されるんですけど、何らかの「目印」の役割を担うのが ‘marker’ ってことで、たとえば、話の流れに応じて挿入される ‘filler’ (詰め物?)、 ‘oh ...’ だの ‘well ...’ だの ‘you know ...’ だの ‘I mean ...’ だのは ‘discourse marker’ (談話標識? ……ったって、文章についても用いられますけど)とか ‘pragmatic marker’ (語用標識?)といった次第。偶然目にした日本語解説の英文記事では、英語だと ‘particle’ に分類されるものに相当すると思われる国語の系助詞「は」を、‘topic marker’ (話題標識?)と説いておりました。
あ、‘particle’ で思い出しちゃった。前回触れた不定詞に冠せらる ‘to’、 ‘(infinitival) particle’ ってのも、形態ではなく機能という観点からは ‘infinitival marker’ とは呼ばれております。同時に、その ‘marker’ とは別区分の、どっちかってえと今回の主旨である ‘markedness’ ってのに照らした場合には、不定詞ってのはつまり、時間だの数だの人称だのといった付加的要因によって「印付け」されない ‘unmarked’ な動詞の形、とはなりますようで。
名詞だの動詞だのという、明確な意味を持つ語に対し、冠詞だの前置詞だのという、当人の実質的意味はなきに等しいけれど(?)、文法的、統語的には明確な機能を有するやつ、とでもいったところでしょうか。 ‘form word’、「形式語」ってんならまだしも ‘empty word’ (虚無語? 空語?)などと切り捨てられることもあるのですが、それは専ら形態的な視点からの言いようで、機能に着目すれば ‘structure word’ とか ‘structural word’ (構造語? 構文語?)などと呼ばれたりもする、っていう連中です。 ‘function word’ あるいは ‘functor’ なる言い方もされますが、それらをひっくるめた、言わば全方位型の無難な用語が ‘grammatical word’ ということなのではないかと。
……でもそれ、日本語じゃ結局従前どおり「形式語」としか言いようはないようで、そりゃ「文法(的)語」じゃ何だかわかりませんわな。
でまあ、そういう「意味はともかく構文機能が肝要」っていう一部の限られた語における、まさにその構文上の役割を指すのが、今どきの英文法では ‘marker’ の基本義、って雰囲気なんですね。さっきの、不定詞に先立つ ‘to’ が、前置詞ではなく(不定詞自体は名詞じゃないんだからって理屈)、 ‘particle’ であると同時に、その不定詞が不定詞であること自体を示す「目印」、すなわち ‘infinitival maker’である、ってのもその一例でしょう。
従位接続詞の ‘that’ ってのも、それ自体何か明確な意味を表すわけではなく、それ以降の文言が、いわゆる従属節だということを示す ‘subordinate/subordinating marker’ とはなる、ってな感じではあります。 ‘subordinator’ とか ‘subordinating conjunction’ という呼称は、言うなれば形態的上の区分で、統語上の機能としては、「目印」の役割を果す ‘marker’ ではある、ってところかと。
この ‘marked’ なる用語あるいは概念、先般以来そもそもの主題であった筈の「時制」についての愚論にとっても何かと便利……かも知れないと思ったから、まあちょいと言っとこうかと思っちゃったのが運の尽き。話がほうぼうに散らばっちまって、漸く今になってこうして書いているという次第なのですが、ともかくこの ‘marked’、ぜんたい何者かと申しますと、文法、ってよりは言語学全般で暗躍する、結構広範な意味、用法を有する言葉ではあったのでした。80年前に四十代で死去したロシア人言語学者、ニコライ・トルベツコイてえ御仁が言い出しっぺとのことなんですが、当人の用法は音韻論に関してのものだった由。
あたしの勝手な言い方でごく大雑把にまとめればこれ、何の変哲もない(と言うと何だか馬鹿にしてるような感じですが)、言わば素の状態が ‘unmarked’ だとすると、それに、外部から差別化を施すとでも申しましょうか、何らかの余分な要素を加えたものが ‘marked’ とは相成るてえ塩梅かと。……これじゃやっぱり意味わかんねえか。
少しは具体的にものを言わにゃいかんですな。これ、文法関連だと、文や節、語句の形や意味の差異について用いられる語でして、意味論的には、たとえば ‘dog’ という大づかみな言葉に対し、その下位区分である ‘bitch’ (女性の蔑称ともなる「牝犬」)が ‘marked’ で、上位の大雑把なほう、 ‘dog’ が ‘unmarked’ てえ具合。 ‘horse’ という ‘unmarked’ な語に対しては、 雄の ‘stallion’ も 雌の ‘mare’ も、ともに ‘marked’ ってことにはなるてえ寸法で。
つい動物の名前を思いついちゃったんですが、 ‘steward' という ‘unmarked' な語に対して、「女性」を意味する ‘-ess' (さっき言ってた ‘marker’、「標識」ってやつの一種?)を付した ‘stewardess' が ‘marked' っていう、形態論にもまたがる事例もありました。でもその「スッチー」、その後 ‘air hostess' などと言っていた時期もありましたけど、この ‘hostess' もまた ‘unmarked’ たる ‘host' に対して ‘marked' ってことにはなるてえ次第かと。
これ、 ‘stew’ が第1音節、 ‘ard’ が第2音節ってのが実情なんでした。つまり、[ステュー]+[アディス]ってのがほんとのところ。ロッド・スチュワートも同工ですね。[ステューアト]とでもすりゃあよっぽど原語に近い。 ‘Stewart’ も ‘Stuart’ も、異綴同名で、音はまったく変らず。いずれも北米訛りだと[ストゥー]っぽいけど。
ああ、この[トゥ]って表記も昔から気に食わなかったんだ。[テゥ]ってほうがまだましじゃん……なんてことを一人で勝手に言ってたってどうしよないのは百も承知二百も合点。ちぇ。
それもいいや。ついでなので今暫く蛇足を加えときますが、似たような組合せには ‘waiter' と ‘waitress' ってのがありますね。でもそっちは今でも併存し、一部の過敏な連中を除けばいちいち文句言う人もいないのに、 ‘stewardess' は女性を二次的存在と見なした性差別表現である、として忌避されて久しいのはご承知のとおり。でも、男やもめの ‘widower' は、 ‘unmarked’ たる「寡婦」、 ‘widow' に「男」を示す ‘-er' を添えた ‘marked' 名詞じゃござんせんか。これを男性差別だと騒ぐ人っていそうもないんですけど。
さてその ‘stewardess'、てえより「スチュワーデス」、本邦でも遅れ馳せながらめでたく言葉狩りの対象とはなり、いつの間にか男女を問わず「客室乗務員」とは称するようにはなってるわけですが、それは「キャビンアテンダント」を漢字に書き換えた結果でしょう。どっちも9音節というめんどくせえ言い方には違いなく。後者は「CA」などとも表記され、「シーエー」と発音する方もいらっしゃいますが、いずれにしろ和製語でしょうな。英語だとまず ‘flight attendant' としか言いませんぜ。 ‘cabin' は「客室」とは限らず、パイロットが座ってるところだって等しくそう呼ばれますしね。てえか、もともとは「小屋」とか、でなきゃ「船室」とかだし。
ああ、 ‘steward' ってのも元来は飛行機よりゃ船の乗員なのでした。 ‘stewardess' はその女性版ってことで。いずれにしろ、上述の例は、男でも女でも、基準となる ‘unmarked' な語に、性別という付加的要素を加えて ‘marked' とは成したるものではあるのでした。さっき挙げた動物の例だと、もともと雌雄とは無関係の ‘dog' とか ‘horse' とかに対し、オスまたはメスのいずれかに限る ‘bitch' だの ‘stallion' だの ‘mare' だのが ‘marked' という理屈……なんですけど、これでわかりますでしょうかねえ。てえか、ついスッチー談義なんぞに耽っちまって、またもご無礼。
とりあえず文について例を挙げますと、 ‘You know.’ というのが ‘unmarked’、 ‘You don't know.’ がそれに「否定」という観念を付加した ‘marked’ 文ということになり、 ‘Do you know?’ なら「疑問」の意が付された ‘marked’、 てなところ。
そう言えば、 ‘unmarked’ っていう形容詞だって ‘un-’ という ‘marker’ によって、 ‘unmarked’ たる ‘marked’ に「否定」の意が添えられた ‘marked’ 語ではある、とも言えますね。 ‘marked’が ‘unmarked’ で ‘unmarked’ が ‘marked’ たあまた、今思いついて書いたんですけど、ちょいと皮肉な話だったりして。
でもその前に、この形容詞 ‘marked’ を、動詞 ‘to mark’ の派生形と見れば ‘mark’ という ‘unmarked’ 動詞に ‘-ed’ という「受け身」の ‘marker’ を付したるもの、ってことになり、今度はめでたく ‘marked’ が ‘marked’とは相成る……って、つまんねえことばっかり言ってんのは先刻承知。何度もすみません。
これもやはり、動詞やその派生形の形容詞に限ったことではなく、もっと素直な形容詞を例に述べますと、たとえば ‘big’ が ‘unmarked’、 ‘bigger’、 ‘biggest’ が 「比較」という要素により ‘marked’ とはなるという次第。名詞では、‘book’ に対して ‘books’ が「数」による ‘marked’ 状態。動詞だと、さっきの ‘mark’ に ‘-ed’ が付いたやつが受け身の意で ‘marked’ になるってとのと同様、「現在」が言わば ‘unmarked’ とすれば、「過去」は ‘marked tense’、という理屈にもなったりするてえ話でして。
……てことで、これでまあ一応は ‘marked’ が ‘tense’ に(ちょっとは)関係あり、っていうオチもついたのではないかと。
てわけで、次回はいよいよ主眼(?)たる ‘tense’ について、ちょいと言い足りないような気がしていたことなどを述べ(既に何だったか忘れてたりして)、ここ暫くの一連の駄文群にも何とかケリをつけようと思ってるところではあります。この ‘marked’ っていう観念にだって、きっと出番はある筈……。でないと、今回の話も何のために書き散らしたのかわかんないってことに。
ともあれ、本日はこれにて。毎度ご無礼至極。
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