2018年6月29日金曜日

改めて「時制」または ‘tense’ について(1)

「時制」という名詞に対応する英語の ‘tense’ は、「一定の時間」というほどのラテン語 ‘tempus’ を語源とするものである一方、同音同綴の「緊張」、というより「張りつめた」という意味の形容詞は、 ‘tensus’ が語源、てなことは以前申し上げました。

ところが、「緊張」の意の形容詞(および動詞)より先に、古フランス語を経て移入されたという名詞の ‘tense’、「時制」について、これを飽くまで発話における「緊張」の度合いを表すものとし(意味わかんねえけど)、時間的な区分に特化した「時制」という訳語がそもそも不適当、などという、それ自体があまりにも頓珍漢な解説を、日本語で書かれた英文法サイトでは見かけることがあります。

これに限ったことではないけれど、最初に誰かが根拠もなく勝手な思い込みで書き込んだものを鵜呑みにし、受売りであるなどとはおくびにも出さぬまま、その謬論の拡大再生産に励む向きは少なからず。そうした杜漏極まる記述を、これまた自らは考えも確かめもせずに妄信する人々ってのは、言わば被害者ということになるのかも知れないけれど、あたしゃさして同情は致しません。そりゃあ、半知半解とも言えぬお粗末な了見の下に、不特定多数に向けて誤った「知識」を掲げるほうが加害者たるは明白なれど、そんな与太話を、何ら検証しようともせずそのまま信じ込んじゃうような方々もまた同断、とでも申しましょうか。そういうお人がまた二次三次の受売りに励んだ日にゃ、殆ど感染症の如き様相を呈することにもなり兼ねず。って、そりゃ大袈裟か。

でも閲覧者が年少の場合は、やはりまだ自ら判断するだけの充分な知見なり経験なりは望めない(かも知れない)、とは思われ、それなら純然たる被害者、とは言えましょうか。やっぱり迷惑ですね、自分でもよくわかっていないことを大威張りで掲げるような手合は(俺か)。

実は何度か、英語の記事でこの「時制」のほうの ‘tense’ を 「緊張」、 ‘tension’ に絡めて書いているものがないかと思って検索したこともあるんですが、どうも見当りません。やはり日本の一部にのみ流布する迷信の如きものではないかと。‘Past Tense Tension?’ と題する、いわゆる過去時制についての議論サイトは見つけたものの、 ‘Tension’ はその前の ‘Tense’ の意味とは別で、まあ軽く洒落のような言い方をしているだけ、ってことなのでした。
 
                  

その ‘tension’ という語に関しては、原語の英語の段階で蔓延してしまっている(?)、恐らくはまったくの誤解の所産であろう、と思われる事例もございます。モダンジャズなんかには必須の ‘tension note’、日本じゃむしろ「テンションコード」という言い方で多用されるやつがそれなんですけど、これも、「緊張」に違いあるまいとの思い込みから、基本的な和音に上乗せされることによって穏当な和音への移行が望まれる状態、すなわち「緊張」を醸す音(あるいはそういう音を加えた和音)、ってなことだってんですよね。でもこれ、どうやら単純に ‘extension’ の略だってのが実情の模様。そのほうがよっぽど腑にも落ちますし。

和声学では、安定した終止への解決を要する状態を「不安定」とか言ったりするんじゃないかとは思うんですが、それを「緊張」だなんて言ってっかなあ、とは思ったんでした(言ってる?)。どうしたって不安定と緊張が同義ってことにゃならんのでは。

因みに、「テンションが高い」だの「テンションが上がる」だのって場合の「テンション」って、たぶん「興奮の度合い」とか「やる気」とか、そんな意味だとは思うんですが(実は未だに判然としません)、もちろん英語の ‘tension’ にそんな意味はなく、 ‘high tension’ って言ったら、まず「高電圧」のことにしかならないような。

とにかくまあ、音楽における ‘tension’ の原形であろう ‘extension’、 すなわち「拡張」とは何のことかと言いますと、とりあえず任意の7音音階(「7音階」ってえと、飽くまで7つ、つまり7種の音階ってこってしょう)の起点から1つ置きに音を重ねて得られるのが基本的な和音、つまりコードってもんなんですけど、そうやって重ねて行くと、4つめで1オクターブ内が埋り、5つめははみ出しちゃいます。実はその5つめって、1つめと2つめの間の、音階上の第2音をオクターブ上げたものでして、長音階なら「ド」「ミ」「ソ」「シ」と来て、一回り上の「レ」とはなるという次第(「ドレミ」は階名であり、音名とは峻別されたし、ってな駄論については、ちょいとこちらを覗いてくだされたく)。

そもそも ‘octave’ ってのが、起点を「1度」として勘定すると「8度」に当るからってことで、その上の「周回遅れ」の「レ」は「9度」とはなるという寸法。言わずと知れたことでもありましょうが、 ‘oct’ ってのは「8」を意味し、8本足のタコが ‘octopus’ だってのもそれですよね。ジュリアス(シーザー)とオーガスタスのゴリ押しで ‘July’ と ‘August’ が無理やり挿入されたため、7番め以降が2ヶ月後回しにされ、ほんとは8番めの月だった ‘October’ が「10月」に押し出されて既に久しい、って話もありました。西洋の暦は起点が国や時代でコロコロ変るし、曜日と同様、普段はあまり数字で順番を表さないから、まあさして困りもしない、ってのが日本語とはだいぶ違うところだったりもして。

その話じゃなかった。さっきの「9度」とともに、同じく起点から8度、つまりオクターブを超えて和音に積み重ねられる、1周上の「ファ」と「ラ」、「11度」と「13度」もひっくるめて、「オクターブ以上に拡張したもの」てな意味合いで ‘extension’ とは称する、ということなんでした。これも言わずもがなとは思いつつ、そのまた1つ上、15度は、起点の1度からは2オクターブ上(長音階なら「ド」)で、つまり2オクターブで音階の全構成音が顔を揃えることになり、9度から13度までが ‘tension (note)’ に該当、とはなります次第。

英語ではこのように ‘note’ の意、つまりコードよりは各音(程)を指すほうが普通っぽいんですが、飽くまで可算名詞でありますれば、 ‘an extension’ とか ‘extensions’ とは申します。で、先述のとおり、 ‘a tension’ も ‘tensions’ も、単にそれを端折った言い方だったのが、元は何だったのかわかんなくなっちゃった人たちが、これは「緊張」を感じさせる響きという意味なるべし、と思い込んだってことらしいんですよね。

あたしも、十代の頃に(立読みで)覗いた「コード理論」の本なんかにはどれもそう書いてあって、「別に緊張って感じには聴こえないけどなあ」とは思ったんでした。ほんとはそういう「情緒的な」要因とは無関係な、ごく理論的な用語だった、ってオチ。「緊張」なんてのはただのこじつけだった、ってところですね。で、英語におけるその古典的な勘違いが、日本では正統の音楽理論として奉じられるに至った……ということなんじゃないかと。知らないけど。

でもまあ、 ‘tense’ に対し、こっちの ‘(ex)tension’ は ‘ex-’ の有無を問わず名詞には違いなく、英語の母語話者が誤解するのもしょうがねえにしろ、「時制」の ‘tense’ は紛れもない名詞であるに対し、そうじゃないほうの ‘tense’ はどう足掻いたって形容詞。その名詞形が件の ‘tension’ なんじゃねえかよ、ってことを思うだに、やっぱり『「時制」の原義は「緊張」である』なんてのは、ラテン語はおろか、英語自体が碌にわかってねえ無学な衒学の徒(故意の撞着表現です)による戯言に相違あるまい、とは思量致すところ。ラテン語は俺も全然知らねえんだけどさ。
 
                  

……と、いきなり誰に対するともわからぬ言いがかりから始め、しかもまたぞろ主旨とは懸隔した音楽ネタに逸れちゃいましたが、ここ暫く、何か言い残していたような気のする「時制」、というより ‘tense’ なるものについて語るのが今回の趣きなのでした。もう何が言いたかったんだかも判然とはしないのが実情ではございますが、まあ改めて思いついたことなどを少々書き散らして、この話題にも何とか区切りをつけようとは思っとります次第。

「時制」の「制」の字が不可解なのは ‘mode’ から転じた ‘mood’ に当てた「法」と同様、たぶん平均的な現代日本人には想像し難い江戸・明治の知識層の感覚によるものなんじゃないか、という、根拠薄弱なる言説も為しとりましたが、その話はもういいや、ってことで、今回は原語たる ‘tense’ の語義、用法について、やはり言い足りなかった(ような気のする)ことをのみ記して参る所存です。
 
                  

ラテン文法を継承した旧来の英文法では、「その動詞の表す動作・状態がいつのことなのかを示す形」とでもいうのが、その ‘tense’ の基本義、とはなりそうなところ、実際にはそんな単純素朴な定義は無効、ということは夙に指摘されているのでした。それこそ、過去「時制」っていう「形」が仮定「法」をも兼ねていたり、もっとフツーの、いわゆる直説法の現在時制なんかも、頻繁に過去や未来への言及に用いられるかと思うと、同じく直説法の過去時制だって平気で現在や未来の話に顔を出したり、ってな具合で、「動作・状態の時間を表す」という定義が初めから実態を裏切っているのは歴然。

一方、かつては助動詞との組合せからなる ‘phrase’ をも指して、たとえば ‘future tense’、「未来時制」などと称していたわけですが(今でも初歩的文法書では結構そのまま)、それはラテン語文法の区分に現行の英語表現を無理やりなぞらえた結果に過ぎず、元来は飽くまで動詞そのものの「語形」のことなれば、今どきは「英語の時制(てえか tense)には、現在と過去しかない」とするのが普通。

日本では未だに「完了時制」などとも言っちゃいるようだけど、「完了」も「進行」も、それこそ単体の動詞では表すよすがとてなく、ちょいと上等の(?)文法ではそれ、 ‘aspect’ とか ‘phase’ とか、つまり「相」っていう別枠の括りになってますから。
 
                  

……という話もこないだしてたんでした。それより、この ‘tense’ というのは、もはや実際の時間とは無関係に、少なくとも客観的な時間区分とは別に、話者にとっての言わば時間的遠近感、発話内容に対する距離感とでもいったものを言い分ける動詞の形、との見方のほうがよっぽど腑に落ちる、ってことなんです。

またしても何だかわかりませんよね、これじゃ。さっきちょっと言及した ‘Past Tense Tension?’ っていう駄洒落タイトル(?)が付けられたページにあった「論争」を見ても、「(過去)時制」の古典的な説明、つまり飽くまで「過去の動作、状態を表す形」ってのが是か非か、みたようなことを各投稿者(外国人向け英語教師とか?)が書いてたと思うんですけど(すみません、ちゃんと憶えてません。てえか、ほんとはちゃんと読んでもいないのでした)、 ‘tense’ という用語の扱いが、母語話者の専門家にとってさえ多少の ‘tension’ を惹起するような、ちょいとした困りもんだってのは感ぜらたという塩梅でして。

今さっき申しました「客観的な時間区分」というのも、ほんとは恣意的なものでしかあり得まい、とは思っとりまして、たとえば「今から先のこと」ってのだって、「まだ来ていないもの」と取れば「未来」だし、「これから来るもの」と見れば「将来」……って、そりゃ関係ないか。漢文の読下しだとそうなるってだけの話でした。

そんなことじゃなくて、人間にとって時間ってのは……と言ったところで、人間以外そんなもん気にするとも思えないけど、とにかくその時間というやつ、無限の過去と無限の未来の連続したるもの、とでも申しましょうか、またぞろ何言ってんだかわかんないでしょうけど、その切れ目なく繋がった過去と未来のほんの境目、厳密にはまったく捕捉しようのない、一瞬とも刹那とも言い難いもんが、つまりは本来の「現在」なのではないかしらと。やっぱり言うことがいちいち意味不明とは存じつつ。

40数年前の中学生時分、 NHK のテレビで数回にわたって放送された、伊仏共同制作による実録風歴史ドラマ(?)『レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯』の中で、主人公のレオナルドが、心の中の声として2回同じ台詞を言うんですけど、「自分の手に触れる水は、過ぎ去る最後の水であり、来るべき最初の水である」というやつでして(たしか)。うち1回は、実際に川に手を突っ込んでる場面に出てきたと思うんですが、なんせ遥か昔のことなれば既に記憶は曖昧。とにかくこれ、「現在」という観念の比喩として実に秀逸、うまいこと言うもんだねえ、と軽く感服し、それで今でもその文句を憶えてるってわけです(ちょっと違うかも知れないけど)。

ぜんたい何の話をしてるんだかなあ……。とりあえず、ほんとの「現在」ってのは、かくも捉えどころのない、まさに瞬間であるに過ぎず、そのままだと時間の区切りとして使い物になりゃしません。そこで、実際には、過去と未来とを適宜繋いで区切ったものを、「今」だの「現在」だのとは称するてえわけで、そんなこたわざわざ言うまでもないわかり切ったことではあるけれど、それが日本語では存外閑却されていたりするために、英語の「現在」や「過去」、それに「現在完了」だの、その基準点を過去に移した「過去完了」だのってのがなかなかわかんない人が多い……のではないかしらと。
 
                  

なんだか ‘tense’ の話からはどんどん遊離して行ってるような不安もあるんですが、もう言いかけちゃってることだし、これはこれでもうちょっと語っとくことにしようかと。ほんと、いつに変らぬ場当り流、まことに相済みませず。

……と思ったけど、どうせまた長くなるは必至なれば、今日のところはおとなしくここで一旦切り上げ、続きはまた次回ということに。しょっぱなから余計なことばっかり言ってっからこういうことになっちまうんじゃねえか、とは充分に自覚しております。重ねてすみません。

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