英米人ともに、全名字の中で最も多いのが ‘Smith’ で、 ‘Taylor’ というのもまた、英では一貫して上位5位ほど、米でも10番め辺りだと申します。後者はもちろん、通常 ‘tailor’ と綴られる語に対応するものなのですが、この2者が第3区分たる「職業型」の代表といったところ。しかし概してこの第3種は、第1区分の「名前型」および第2区分の「土地型」の勢いには遠く及ばず、数、つまり種類は少なく、謂れも素朴で殆ど謎がない、とのことではあります。
中世以来、職業として完全に消滅し去ったものは限られており、結果的に過去何百年も語義が変らぬまま、というのが大半ということになるのですが、それはまた、今に伝わる名字から、中世には既に無数の職業名があったことが知れる、ということでもあるようで。
堅気の商売だけでなく、 ‘Dancer’、 ‘Fiddler’、 ‘Singer’ といった芸能関係も多彩なのはちょっと意外な気も致しますが、まあ昔からそういう稼業もあって当然ではありましょう。尤も、2例めの ‘Fiddler’、「弦楽器奏者」については、第4区分たる「渾名型」の可能性も指摘されており、「狼の顔」を意味するという古仏語由来の ‘Vidler’ から転じた例もあるのではないか、との説も。
一方、「職業」に対し「身分」というのは、たとえば ‘Lord’、つまり「領主」とか「主人」とか「地主」といった例なのですが、多くの場合、「職業」と「身分」は意味の重なるところが少なくないのは、日本の姓氏とも多少通底するところかと。 ‘Priest’ 「聖職者」などはそうした例の典型かも知れません。ただし、実際の身分ではなく、外見や性格による渾名が子孫に名字として伝わった、という例も珍しくはないそうで、その場合は第4区分ということになりましょう。それを言うなら、職業名で個人を呼ぶこと自体が、言うなれば悉く渾名のようなもの……とは先般も申し上げました。
「身分」というなら、 ‘King’ などは最強例とも思われますが、これもほぼすべてが第4種の渾名型で、多くは態度が太くて偉そうだとか、あるいは泰然自若たる王者の風格だとか、そういったところから名付けられたもののようではあります。また、何らかの状況における王、たとえば祝祭で王の役を演じるとか、そういうことが契機となった例もあるとのことです。
なお、 ‘Kingsley’ や ‘Kingston’、 ‘Kingswood’ などは第2区分の「土地型」で、素朴に「王の所有地」を指すとのこと。名字としては ‘King’ から派生したものではないということになります。2例めの ‘-ley’ は ‘legh’ の派生形で、「森」とか「野」とか「原」とか、つまりいろいろな「土地」「場所」を表す語だそうで、その意味では多少 ‘-ton’ とも通底致します。 ‘Legh’、 ‘Leigh’、 ‘Lea’、 ‘Lee’ は悉くこれを語源とする「土地型」名字ということに。
ところで、「身分」という言い方から、つい庶民よりエラそうな部類だけを想起しちゃったんですが、当然その逆だってあるわけで、これも職業と身分が連動した例ではありますが、実は ‘Bond’ ってのがそれだったりします。
殺しの番号 007 を有する例の粋なスパイ、ジェイムズ・ボンドの活躍によって、何だかすっかりカッコいい名前として流布しちゃったけど、もともとはこれ、バードウォッチングが道楽だったという作者のイアン・フレミングが、アメリカ人鳥類学者の氏名をそのまま主人公の名前にしちゃった、ってのが真相。一部では夙に結構知られた話だったりもします。でもそれ、いったいどういう由来の名字なんだろう、とは思ってたんでした。
子供の時分は、「ボンド」てえと接着剤か? としか思われず、カッコいいんだか何だか判然としなかったものですが、実はこれ、要するに「拘束」ってことなんですよね。で、古英語を起源とするこの名字、元来は「農夫」、それどころか「農奴」という意味の呼称だったというのが実情。結構意外な事実って感じです。
さて、先ほど挙げた ‘Taylor’ の派生形は多数に及びますが、普通名詞における現代表記である ‘Tailor’ 姓はまれであるのに対し、‘Tayler’ という表記は派生形では最多の由。職業名の多くがこの ‘-er’ という接尾辞を付したものであるのはご承知のとおり。その一派で最も多いこの「仕立屋」、原義は「截断人」といったものだというのですが、そうした「~屋」の中で、これがなぜ ‘-er’ ではなく ‘-or’ と表記する少数派なのかと言えば、起源が古仏語で、他の類似例に多くみられる古英語に発するものではないから、とのことでした。
そのアングロサクソン、ゲルマン語の職業由来名には、 ‘Thatcher’ や ‘Carter’ など、英米の首脳にも結構卑近な事例があるのもご承知の如し。前者は「(草葺きの)屋根職人」、後者は「荷車引き」または「荷車屋」といったところです。この ‘-er’ 型の名字は概ねそうした、わかり易く、かつ今日も遺存、あるいは比較的近年まで存続し、仕事の内容も変っていない職業名が多い、といったところが特徴とも言えます。
英語名字の筆頭、 ‘Smith’ に対応する ‘Schmidt’ のように、遠祖を共有するドイツ語などに類似の名字が目立つのもまたご承知のとおりかと。 ‘Fisher’ と ‘Fischer’、 ‘Baker’ と ‘Becker’ など、字面からもそれと知れる例が、何気なく枚挙に堪えなかったりして。
実は英語とは裏腹に、ドイツ語の名字は職業由来のものが圧倒的に優勢で、上位の10何位までは悉くその区分とのことです。うち、 ‘Schmidt’ は第2位で、一番は英語の ‘Miller’ 「粉屋」に対応する ‘Müller’ だそうな。しかし ‘Schmidt’ には派生形も多く、 ‘Schmitt’、 ‘Schmitz’、 ‘Schmid’ はいずれも上位30位前後に並んでおります。
因みに、英語の ‘Miller’ は、 ‘Milner’ の派生形だったものが本家を凌ぐ隆盛を見せるに至ったもので、ドイツの ‘Müller’ には及ばないまでも、英米ともに相当上位に入る名字には違いありません。なお、「製粉所」あるいは「水車小屋」を指す ‘mill’ の古形が ‘miln’ という次第です。
ときに、ストーンズのミックはご存知 ‘Jagger’ ですが、これも基本的には「行商人」という職業名ではあるものの、実は ‘Jack’ の派生形である ‘Jaggard’ から転じたという例もあるそうで、今ではいずれの起源かわかないというのが実情らしゅうございます。
さらには、 ‘Weller’ のように、てっきり「井戸掘り職人」なのかと思ったら、「泉や小川の傍に住む者」との意味だった、というような例もあり、何につけ予断は禁物、ということで。
‘-er’ 方式とは別の、言わばもっと直截的な職業名もあり、何より「鍛冶屋」が基本義たる ‘Smith’ がそうなんですけど、「大工」その他、実はあらゆる種類の職人、製造・製作業者を指すが如き、古英語起源の ‘Wright(e)’ もその代表例。 ‘Shipwright’ は文字どおりの「船大工」、 ‘Cartwright’ や ‘Wain(w)right’ は「車大工」といった塩梅です。どちらも「荷車職人」という感じで、ドイツ語の ‘Wagner’ は後者に対応するものとのことなんですが、似たような英独の取合せには、 ‘Cook’ に対する ‘Koch’ ってのもあるのでした。
なお、同じ「車大工」でも、‘Wheelwright’ の場合は「車輪職人」を意味します。 ‘Wheeler’ も同義なのですが、その場合は、 ‘Wainwright’ に対する ‘Wainman’ と同様、製造者ではなく、「車引き」のことかも知れないとのこと。
アメリカではごく普通っぽい ‘Becker’ だの ‘Wagner’ だのって、うっかり英語の名前なのかと思っちゃうけど、やっぱりドイツ系の名字なんでしょう。イギリスだとたぶん、そういう名字の人はまず近代以降の移住者の家系ってことになるような。わかんないけど。
‘Wright’ に対し、「大工」と言えばまず ‘Carpenter’ が想起されそうなところですが、そっちはゲルマン風の ‘-er’ 型とは別系統で、むしろ ‘Taylor’ の一党。「木工職人」とでもいうのが基本義で、ノルマン語の ‘carpentier’ から転じたる由。ラテン語にまで遡ると、 ‘cart’ と同源かとも思われるそうで、結局確たることは不明ながら、木で作るのは家より車だった、ってことになるんでしょうか。やっぱりわかんないけど。
いずれにせよ、古英語では ‘treowwyrhta’、つまり ‘treewright’ と言っていた「木工人」(「杢」って字を想起しちゃいます)に取って代ったのが、フランス語起源のこの ‘carpenter’ ってことで、ドイツ語の名字にはそういう入れ代りがなかったため、ゲルマン語の古形を伝えており、実はボブ・ディランの旧姓、 ‘Zimmerman’ がドイツ語版の「大工」なのでした。 ‘Timberman’ (材木商、木工業者)に呼応する語で、それが今では ‘Carpenter’ に対応する名字とされているという次第。これに限ったことではないでしょうけれど、ノルマン征服という事件が英語に及ぼした影響はかなり大きい、ということを窺わせる話ではあります。
フランス語系の商売名で思い出しました。この前、シェイクスピア絡みで、その200年ばかり前のチョーサーを引合いに出してましたけど、その ‘Chaucer’ を ‘Shoemaker’、「靴職人」ってのは乱暴なんじゃねえの、ってことについてまた非ずもがなの御託を少々。語源の古仏語は ‘chaucier’ で、‘chauces’ から転じたとかいう ‘chausses’ の製造者、ってことだとか。どうやらそれ、「靴」ではなく、主に昔のズボン類、日本で言えば山袴とか股引、脚絆の類いだった模様。 ‘chauces’ は ‘case’ と遠縁で、どうもゲルマン語起源の ‘shoe’ とは初めから別系統。 ‘Shoemaker’ が ‘Chaucer’ だってのは、何となく音が似てたからってだけの思い込み、やっぱり俗解に過ぎなかったてえことで。
でもまあ、中英語ではその古仏語由来の ‘chawce’ ってのが、脚というより足に着けるものの相称だった、との記述も見られます。つまり ‘shoe’ や ‘boot’ の類い? ‘Chaucer’ はそれの職人、っていう解釈も無理からぬところとは申せ、フランス語の語源はそうじゃなかったというのが実情ではあるのでした。
さて、こうした、言わば素直な部類の職業名に加え、言うなれば間接的に当人の職業に言及する呼称というのもあるのですが、ここまでで既に自分でも思っていなかったほどの長文となってしまってますんで、それについてはまたぞろ次回に持越しということに。
残りの2つの区分を1回で片付けようなどとは、所詮夢物語だったということで、毎度凝りもせずまことに申しわけもございませず。
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