2018年9月27日木曜日

英語の名前とか(10)

前回、また図らずも話が長くなっちまったため持越しにした、「間接的な職業言及型」とでもいうような名字について申し述べます。

たとえば「執事」とか「食料供給者」「食糧庫管理人」といった意味の ‘Spencer’ に対し、「食糧庫」の意の ‘Spence’ が同義に用いられる、というのがその例なんですが、言わば換喩的に、後者が前者を表しているというわけです。

いずれも古仏語起源の動詞 ‘dispense’ に通ずるもので、「キャッシュディスペンサー」などと言えば、要するに「金銭供給装置」とは相成る次第。 ‘Spencer’ という名字には ‘Spneser’ や ‘Spender’、また ‘Spence’ には ‘Spens’ といった派生形もあります。

その他、たとえば ‘Miller(s)’ に対しても、 ‘Mill(s)’ を始めとする複数の名字があるのですが、それは仕事の場所による換喩ではなく、基本的に第2区分たる「土地型」、あるいは第1区分の「名前型」の変形、つまり ‘Miles’ という個人名から転じたものだったりもする、とのことではあります。

ともあれ、この換喩方式には、上述の言わば「職場型」の他に、言わば商売物でその職を代表する例もあり、たとえば ‘Bacon’ とか ‘Milk’ とかいうのもそれ。豚肉や牛乳の販売人、あるいは屠殺業者や搾乳業者という具合。尤も、いずれの語源にも諸説あり、後者などは、髪が牛乳のように白いなど、多分に第4種の渾名型に属する例が多いとも申します。

モンティ・パイソンのジョン・クリース、 John Cleese という人は、もともと ‘Cheese’ という名字だったのを、父親の代に改姓したというのですが、それもこの「商売物」系名字の典型と申せましょう。 ‘Butter’ という名字もまた同工ではありますが、 ‘Buttery’ だと「バター製造所」というよりは「食糧庫」や「酒蔵」のことなので、製造・販売ではなく、そこで働く者、あるいはそこの管理者を指すものであろうとのこと。いずれにしても換喩方式の職業型名字には違いありません。製造場所に由来する ‘Butterfirld’ は、どうやら第2種の「土地型」に属するようですが。
 
                  

換喩型の職業名としては、他にも前回言及した ‘Wainwright’ に対する ‘Wain(e)’、つまりは「荷車」そのものによる言い換えという例もあります。ジョン・ウェインの綴りは ‘Wayne’ ですが、間違いなく ‘wain’ の派生形とのこと。どのみち本名じゃないけど。

それよりこの ‘wain’ という語、 ‘wagon’ と同根であり、したがってドイツ語の ‘wagen’ とも遠戚ということに。 ‘Volkswagen’ を直訳すると ‘Folkswag(g)on’ だったりして。 ‘Wagner’ が ‘Wainwright’ に対応ってのも、つまりはそういうわけなんでした。

でもどっちかてえと、 ‘Waggoner’ って名字のほうが ‘Wagner’ っぽい感じなんだけど、その「ワゴナー」、英語の名字としては結構新しく、近世の16世紀以降にしか見られないということです。どうやらオランダ語から移入されたもののようで、意味も、製作者ではなく専ら運転者のほうらしい。アメリカ人の場合は、ドイツ名の ‘Wagner’ を英語風にそう改めた、という例も少なくないそうで。
 
                  

さて、思い出したようで何ですが、ついでに付言しときますと、これらの職業名(その他)に ‘-s’ の付された名字、たとえば ‘Jaggers’ とか ‘Millers’ というやつは、基本的にその「~屋」の倅ということになるようです。 ‘-son’ なら間違いようもありませんけれど。

いずれの場合も、世襲の名字として固定される前の段階、つまり各個人名に説明句として付されていた時点では、現代の表記だと ‘James the Taylor’ だとか ‘Albert the King’、あるいは ‘Roger the Bacon’ だのといった塩梅だったものとは思われます。近世以降も渾名としてはその言い方が遺存することは既述の如し。土地や職業に由来する場合は、その前の前置詞が残存する形もままあることは述べましたが、ことによると渾名として付された場合も、当初は前置詞込みだったのかも知れません。って言うか、実際知りませんけど。

なお、定冠詞の後なら普通名詞の筈が、なぜ大文字なのかと申さば、それが初めから固有名詞扱いだったからではなく、英語もドイツ語同様、わすか数世紀前までは名詞の頭文字はすべて大文字表記だったから、ということなんです。どのみち固有名詞の一部とはなり、それどころか、やがてはそれが単独で「名字」に転ずるわけですが。
 
                  

遅れ馳せって感じでさらに申し添えれば、職業名ではなく、仕事の場所や扱う品目が名字となっている場合は、「看板型」とでも呼ぶべき例に該当することもあるのでした。これは職業関連とは限らず、むしろ第2区分の土地由来型のほうに重なるとも言えそうなんですが、宿屋や商店、住居に掲げられた「看板」を語源とする名字、という一派です。

人や動植物、各種の記号や紋章が描かれた看板を、言わば目印として、その傍に住む者に付した渾名がやがて名字として継承されるに至る、といった例で、 ‘Wain(e)’、すなわち「荷車」も、看板の図柄にはありがちなため、 ‘Wain(w)right’ その他とは異なり、必ずしもその当人がその仕事に従事していたわけではない、ということなんです。何の商売かは知らないけれど、とにかくそういう看板の近くに住んでるってだけでそう呼ばれるようになった人の子孫、という例が存外多い、ってこってす。

多くの姓名が、個々にはいずれとも断じ難い複数の起源を有しており、地名や地形、および鳥獣、草木、あるいは人工物の名称が名字となっているものの中には、直接本人の状況や特徴に言及したのではなく、単にそれの描かれた看板が個人の特定に利用されただけ、という場合も珍しくはない、といったところかと。

‘Bull’ だの ‘Fox’ だのという例も、性格や外見による渾名とは限らず、そういう看板に由来する場合もあるとのことです。直接的な職業型の可能性もなくはない、とも申しますが。

‘Starr’ すなわち「星」もまた、渾名式とともに看板式の名字だったりするそうですが、それで思い出すのはどうしてもビートルズのリンゴ・スター。本名は ‘Richard’ なんだけど、指輪好きのところから付いた ‘Ringo’ という渾名と語呂を合せるため、 ‘Starkey’ という名字を端折って ‘Star’ と呼ばれるに至ったとのこと。それをより名字っぽくするため、 ‘r’ を1つ加えて在来の綴りにした、とかいう話です。

‘Starkey’ 自体は、「強い」って意味の ‘Stark’ っていう渾名型名字の派生形なんですが、実はリンゴの祖父が自分の継父の名字を名乗ったからそうなったんだとか。ほんとは Starkey 一族との血縁はなく、父方の本来の姓は ‘Parkin’ だってんです。 ‘Peter’ (ペテロ、てえか「石」!)に相当する古仏語名 ‘Piers’ と、愛称接尾辞の ‘-kin’ が合した ‘Perkin’ のさらなる派生形がその ‘Parkin’。アイルランド系のリンゴの先祖はノルマン人でしたか。……なんてのも間抜けな言いようで、日本人同様、今のイギリス人なんざ1人残らずいろいろ混じってんでしょ。それこそ現生人類のあるべき姿。
 
                  

それにしても、一般の庶民だってちょいと調べればこれだけ詳しい家系が知れるってところが日本との大きな違い。近代以降の役所の書類だけでなく、中世以来の教会の記録なんぞは、寺の過去帖よりよほど頼りになるようです。

今の日本人は忘れちゃってるけど、名字ってのは元来家名であって血族名じゃないし、近代以前は名族を称する者ほどいとも簡単に改姓、というより詐称を繰り返してましたから、今の名字からはまずほんとの先祖はわからない、ってほうが普通。系図は悉く専門業者のでっち上げだし、どのみち血縁関係より継嗣関係を示すものなので、そんなもんが残ってたところで、やっぱり当てにゃなりません。

寛政重脩諸家譜』など、結構「公式」の名簿に記載されたものでさえ、実は家系を届け出る大名諸侯自身が、ほんとは父祖の出自に迷い、かなり矛盾した申告をしている例も少なくない、ってぐらいのもんで。

明治以後も、次男以下の男子が、とっくに全員死に絶えた家の戸主ということにして徴兵を忌避する、って手が結構普通だったてえし。

おっと、またも余談でした。
 
                  

それより、こうした看板型の名字は、その前段階として、 ‘atte’ という語を冠した記録が見られなければ、ひとまずその範疇から除外すべし、ということではあります。現代表記で ‘at the’ に相当するのが、中英語の初期段階における ‘atten’ と ‘atter’ で、それぞれ男・中性形と女性形の単数与格(古英語の ‘æt þǣm’ と ‘æt þǣre’ から?)。それがいずれもやがて ‘atte’ に収斂されたとのことなんですが、名字という習慣が定着しつつあった中世後半には、その ‘atte’ が当該の語句に付された呼称が、概ね看板の図柄に基づくものであった、ということになろうかと。

先述の ‘Wain(e)’ 「荷車」も、1327年[南北朝分裂直前の嘉暦(かりゃく)2年……って、相変らず関係ないけど]の記録に ‘Attewayne’ とあるのが確認されたから、これが看板型(の場合もある)ということがわかる、という寸法なんです。

てこたあこれ、前々回触れた ‘Rock’ (‘(atte)r + ock’  [= at the oak]’)や ‘Nash’ (‘(atte)n + ash  [= at the ash]’)ってのも、実際の木ではなく、看板の絵のことだったのかも知れねえ、ってことになりましょうや。知れねえも何も、実際知らないんですけど。

それについてもひとつ付け加えますと、 ‘Nash’ の類似名に ‘Rash’ ってのがありまして、これは ‘Rock’ と同様、女性冠詞末尾の ‘-r’ に ‘ash’ がくっついたもの。つまり文法間違えてんですが、中世も後半になると、既に古英語の作法は廃れてたってこってしょう。

類例にはさらに ‘Tash’ てえ名字もあるんですが、これはやはり中英語の後期、性の区別が閑却されるに至って ‘atten’ も ‘atter’ もひとしなみに ‘atte’ となった後、その前置詞+冠詞が端折られて ‘-t-’ だけになったものに ‘ash’ を連ねたものだとのこと。 ‘Tache’、 ‘Tacheau’、 ‘Taque’、 ‘Tasch’、 ‘Tashe’、 ‘Tassh’ その他、派生形は少なくないようですが、 ‘Tasch’ などは容子がちょいとドイツ語っぽかったりして。

類例にはさらに ‘Tash’ てえ名字もあるんですが、これはやはり中英語の後期、性の区別が閑却されるに至って ‘atten’ も ‘atter’ もひとしなみに ‘atte’ となった後、その前置詞+冠詞が端折られて ‘-t-’ だけになったものに ‘ash’ を連ねたものだとのこと。 ‘Tasch’ もその派生形の由。容子がちょいとドイツ語っぽかったりして。

そうかと思うと、 ‘Dash’ というのもありまして、そっちは古仏語の前置詞、概して ‘of’ に対応するという ‘de’ の縮約形 ‘d'’ に‘ash’ をくっつけたものなんだとか。「トネリコ」の木って、英国じゃあ昔からそれほどほうぼうに生えてたんでしょうかね。

まあいずれにしろ、結局のところは、命名時における個々の経緯を証する古文書でも見つからない限り、真の語源はまずわからない、というのが実情ということに。そりゃしかたないか。
 
                  

……ということで、第3の区分、職業・身分に由来する名字についてはおよそこんなところです。最初の2つに比べれば、残りの2つはそれぞれ数も少ないし由来も単純な筈なので、さして語ることもなく、両方をひとまとめに論じてやろうか、などと思っていたら、案の定、と言うべきか、やっぱりまた意想外に長くなっちまって。まあでも、何とか2回でその第3種についての話は終えることができました。てえか、俺が勝手にこんなもんか、って思ってるだけなんですがね。

次回は残る1つ、第4の「渾名型」の話です。何をどう書くか、全然考えちゃおりませんので、また少し間が空くかも。ともあれ、今日はこれまでということで。

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