2018年9月24日月曜日

英語の名前とか(8)

「先祖の出身地」に由来、という第2区分の姓の「眼目」として、その語源は地名に限らず、地形や地勢、その他諸々の要因による、ということに加え、地名由来の例においては、昔の日本の名字とは裏腹に、その先祖の居住地がそのまま当人の呼称となるのではなく、その土地から他所へ移動した後に、「そこから来た」という意味でそう呼ばれたのが起源、てなことを前回は申しました。

それについて、名字、あるいはその元である父祖の個人的呼称の語源となった地名自体のことを、またぞろちょっと言っときたくなりまして。やっぱりどう足掻いても簡潔には済みそうもありませず、相変らず多少忸怩たるところもございますが、まあそいつぁどのみちしょうがねえってことで何卒ご容赦。
 
                  

前回もちょっと言及致しましたが、この土地型名字の語源に限らず、時代とともに表記や音が変り、原形が何だったのか判然としない事例が多いのは致し方なきところ。実は、「村」や「町」の名に由来する例が、英語の名字の中では最も経時的な変形が少ない、とはいうのですが、それも、名字というものが定着した中世後半以降のことであり、古代の地名は全般に、支配民族の交代に伴う言語の変遷につれ、多くは元来の、つまりケルト語の原形とは似ても似つかぬものに変じ果てている、とは申します。

ケルト語にラテン語の影響が加わり、その時点でまずかなりの変化が生じたとも思われますが、その後のアングロサクソン、それに次ぐ北欧系のいわゆるバイキングといった、本来同民族ながら既に言語を共有するとは言い難い各ゲルマン人による侵攻、支配の結果、各地の呼称にも相当の改変が見られたようではあります。

それに比べれば、広義のゲルマン民族ながら、北部フランスからやって来た最終支配者たるノルマン人は、アングロサクソンほどには在来の地名に容喙しなかったとのこと。音韻や表記にはそれ相応の変化が生じたとは言え、基本的にはその後も古英語時代の形が残されることにはなったようです。よくは知らないんですけど。
 
                  

日本の名字と同様、山だの川だの谷だの原だのという語句から生じた名字も多いのですが、日本の場合は、初めから既に地名として定着していたものを自ら名乗る、というのが言わば基本技だったのに対し、英語では、固有名詞ではなく、単純にその地形や状況を示す普通名詞に由来するものが多い、という特徴もあるようです。

‘Wood(s)’ だの ‘Hill(s)’ だのはまだしも、‘Tree(s)’ だの ‘Stone(s)’ だの、要するに「木」だの「石」だのっていう素っ気ないものもあれば(‘s’ は複数? 所有格?)、「高い木の下(の)」というような、「前置詞+定冠詞+形容詞+普通名詞」という説明句の前半が脱落して後半が単語化し、それが後に名字として落ち着いた、といった例も少なくないそうで。

いずれにしろ、個々にどこの誰のことかを明示するためにそれぞれの個人名に付した追加情報が言わば名字の元。素っ気ない普通名詞だけというのはともかく、複数語から成る句から生じた例としては、たとえば ‘Hendon’ というのがありまして、これは現代語における ‘at the high hill’ の ‘at the’ の部分が消失し、残る ‘high hill’ に相当する部分が合して ‘hendon’ とはなった、ってんですね。つまり ‘hen’ が ‘high’ に、 ‘don’ が ‘hill’ に対応する古英語という具合。

ちょいと厄介なのは、その ‘don’ という普通名詞(なんでしょう、たぶん)、現代英語ではわずかに人称代名詞にのみ、それも部分的にしか遺存しない目的格、厳密には間接目的語を示す「与格」というやつだそうで、当然その前の形容詞もそれに呼応する与格形、っていうところ。本来ならば、前置詞+冠詞が前になければ中途半端な語形ではあるのですが、その半端な語句が一体化して固有名詞に変じた、ってことなんですね。

因みに、この「与格」 ‘dative case’ その他については、以前にもたびたび言及しておりますので、ご関心がおありであれば、こちら や こちら や こちら などを覗いてくだされば。相変らず諄いからちょっとお勧めは致し兼ねますけれど。
 
                  

ついでなので、ってのも横着ではありますが、1つだけ挙げたこの ‘Hendon’ って例について、今少し能書きを並べとくことに。今言及した、現代英語には存在しない名詞の「与格」ってのは、人称代名詞の目的格、 ‘me’ だの ‘him’ だのに類する語形で、前置詞の後ではその形になる(昔はなっていた)ということなんでした。

で、これも前述の如く、そういう与格名詞を限定する形容詞もまた、それと呼応して与格とはなり、つまり ‘hen’ も ‘don’ も与格という語形なので、本来は ‘Hendon’ という言葉が主語として用いられることはなく、単独では成り立たない形ではあるのですが、むしろそうした古語文法の法則によってこそ、この名字の成立ち、つまり元来は前置詞に連なる形容詞+普通名詞であった、ということが知れるという次第かと。

さらなるついでに言い添えますと、この ‘hen’ という与格形容詞は、古英語ならではの「弱形容詞」ってやつなんでした。その「強弱」、 ‘strong’ だの ‘weak’ って言い方はドイツ語からの直訳だって話ですが、とにかくそれ、各品詞ごとに、その活用、または屈折、要するに語形変化の度合いによる区別、といったところかと。変化の素朴な、あるいは穏やかな規則動詞は「弱」で、比較的激しい、または奔放な不規則動詞が「強」という塩梅。で、形容詞にもその強弱の別があるってわけなんですが、それは言及対象の名詞のそれに連動し、定冠詞や所有決定詞の後では「弱」のほう、って寸法。知らなんだ。
 
                  

さて、この ‘Hendon’ に類する例で、形容詞のない「前置詞+定冠詞+普通名詞」という、一見もうちょっと簡素な語列から生じた名字もあるんですが、これまた現代英語には無縁の厄介な文法事項により、むしろもっと込み入った話になってたりします。

たとえば ‘Rock’ ってのがそれなんですが、てっきり「岩」かと思ったら、そういう事例は少ないそうで、大抵は ‘Roch’ とか ‘Roche’ とかいうのが「岩」に由来する名字らしい。 ‘Rock’ は、概ね頭についていた前置詞が省かれた結果で、残った冠詞と名詞の部分が ‘r’ + ‘ock’、というからくりなんだとか。

これ、現代語だと ‘at the oak’ となる、つまり「オーク(楢、樫の類い)の木の下(の)」って意味の句から転じたもので、‘r’ の部分がつまりは ‘the’ に対応する古英語の冠詞 ‘þǣre’ の後半 ‘-re’ が、中英語ではさらに ‘-r’ となり、それが後続の木の名前ととくっついたのが、要するにこの ‘rock’ の正体だってんです。で、その ‘-r’ ってのは、 ‘oak’ (の古形)が、やはり現代語にはまったくない「女性名詞」のため、それに呼応する「女性冠詞」の末尾、という具合。より精確には ‘at the’ に当る ‘atter’ の尻尾ってことなんですが、今の英語ではまったく見当もつかない成立ちなんでした。
 
                  

同じく木の名前に冠詞の残骸がくっついた例に ‘Nash’ ってのがありまして、こっちは ‘at the ash’ の意の古英語から変じたもの。「アッシュ」てえと、あたしなんぞにはギターの材としてお馴染みなんですが、日本の「トネリコ」に類するそうで、いずれにしろ生えてる姿は知りません。

まあそれはさておき、その ‘ash’ が男性名詞であるため、その前の冠詞も男性ってことではあるのでした。で、これもその ‘at the’ に当る部分が、「前置詞+男性与格単数定冠詞」とのことで、初期中英語ではそれが ‘atten’ とはなり、その末尾の ‘-n’ に ‘ash’ の連なったのが、つまりはこの ‘Nash’ てえ名字なんですと。樫が女でトネリコが男だったのね、ってのもそうだけど、やっぱりちっとも知らなんだ。
 
                  

さてその一方で、‘Underwood’ など、今でも素朴な前置詞付き名字は珍しくはなく、40年ほど前に行ってたロンドンの英語学校の校長だか教頭だかが ‘Bywater’ って名前でした。宛然「沢辺」ってところかと。

‘A Proficiency Course in English’ なる著作もあり、授業でもその教科書使ってましたけど、あんまりおもしろい本じゃなかったような。
 
                  

また話が逸れておりました。名字の語源となった地名自体の変遷について述べようとしていたのであった。

英語、つまりイングランドやその周辺支配地域の地名は、それぞれの土地に付された固有名詞というよりは、それこそ単に「川」とか「谷」とかいう普通名詞だったものが、支配民族が入れ代るたびに、その普通名詞を地名であると勘違いしたため、異言語によるトートロジーだらけだなどとも申します。

たとえば、スコットランドを含め、英国には複数の ‘River Avon’ すなわち「エイボン川」ってのがあり、うち1つがシェイクスピアの地元を流れるやつなんですが、オーストラリアやカナダなどにも1本ならず ‘Avon River’ はあるとのこと。でも ‘avon’ ってのは、実はケルト語の ‘abona’ が転じたもので、それ自体が「川」という意味の普通名詞だったりして。

で、これに類するちょいと間の抜けた同語反復地名が英語には豊富に見られ、果然それを継承する名字も多いということなんです。上記の「川川」と似た例に、 ‘Chetwode’ とか ‘Cundall’ ってのがありまして、それぞれ「森森」、「谷谷」という意味。 ‘chet-’ がブリトン語、‘-wode’ は ‘wood’ に通ずる古英語であり、また ‘cun-’ は古英語(アングロサクソン)、 ‘-dall’ は北欧語(バイキング)で、それぞれ ‘combe’、 ‘dale’が基本形、といった次第。前者から生じた名字には ‘Chetwood’ があり、後者からは ‘Cundell’、 ‘Cundill’ が派生、とのことです。 いずれにしろ「森」と「谷」の同義語をそれぞれ連ねているのでした。

それもこれも、既述の如く、支配民族の交代による言語の混交あるいは混乱の所産、ってところですが、甚だしきは、3つの言語におけるまったく同義の普通名詞が連なっただけの ‘Pendle Hill’ という地名さえ現存するのでした。 ‘pen-’が古ウェールズ語、 ‘-dle’ が古英語、 ‘hill’ は現役の英語で、どれも意味は同じ。つまり「丘丘丘」と言っているに過ぎないという次第。
 
                  

ときに、‘Newton’ というのが、恐らく英国で最もありふれた地名であろうとのことなんですが、古英語以降の地名によく見られるこの ‘-ton’ という接尾辞は、「住居」だの「集落」だの、広く「場所」を表す言葉で、多くは「農場」の名に付されていたものなのだとか。

また、 ‘Chester’ とか、その派生形たる ‘Chesterfield’、 ‘Chesterton’ といった地名は各地にあり、加えてそれを接尾辞とした ‘Colchester’、 ‘Manchester’、 ‘Winchester’とか、さらにはその接尾辞の派生形から成る ‘Lancaster’、および難読名の代表の如き ‘Gloucester’、 ‘Leicester’、 ‘Worcester’ ってのもあります(日本では順に「グロスター」「レスター」「ウスター」と表記)。いずれもそのまま名字にもなっておりますが、そもそもこの ‘chester’、ラテン語の ‘castra’ (‘castrum’ 「砦」の複数形?)が元で、ローマ人の土地(遺構)に付された名称だったとのこと。

とにかくも、ケルト系ブリトン人をゲルマン系サクソン人が駆逐した時点で、それまでの地名はかなりの変容を来し、その後も、同じゲルマンどうしながら、北欧方面からのいわゆるバイキングによる新たな言語(方言)の流入により、中世前半、英国の地名は日本とは比較にならないほど形を変えたものとは思われます。

加うるに、いつの時代も各地の俚言の隔たりは甚だしく、音が違えば表記も異なり、何より、今ではラテンアルファベットで統一表記されている古名は、悉く今日とはまったく別の文字で書かれておりましたので、地名も、それを語源とする個人名や名字も、実はこれまで述べてきたような、つまりは自分などが現代の書物(何十年も前のだけど)から得た安直な知識なんぞでは、到底掌握し得るものではない、ということは痛感せざる能わず、ってなところではございます。

要するにこれ、全部が素人のカラ知識を並べてるだけ、ってことですので、今さらではありますが、一応改めてお断りしときます。そこはどうぞご承知くだされたく。
 
                  

またしても索然たるは免れませんでしたが、今回はここまでと致し、次回は、残る2つの区分、「職業・身分型」と「渾名型」に言及の予定。やっぱり2つは無理でしょうか。ま、そこは成行きってことで。

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