ともあれ、まずは鳥獣名が渾名として用いられ、それが子孫の名字となったという事例について。と言っても、既述の如く、他の渾名系に違わず、と言うより他よりその度合いは大きいとも思われますが、動植物の名称が名字となっている場合は、その由来が多様で、単純に渾名だったかどうかがまず断じ難いとのこと。まあひとまずは、渾名由来が基本ではあろう、とされるものをいくつか記すことに致します。
とりあえず ‘Lamb(e)’ と ‘Wolf(e)’ ってのを何となく並べてみたくなりました。「仔羊」と「狼」なんぞは、ちょいと対極を成すが如き取合せではないかと。上述の如く、どちらも直接当人の風貌だの性質だのに言及するものとは限らず、まったく別の要因による通称が、表記や発音の変化も加わって、結果的に動物名のようにはなった、ということもなくはないんでしょうけれど。
前者については、これが性格に由来する渾名だとしても、実は残忍さに対する反語だったりもするということであり、後者の場合は、他にも同様の事例は多いのですが、もともとの英語名ではなく、ユダヤ移民により広まったドイツ語名の場合も少なくないとのこと。まあ起源は同じゲルマン語だし、意味も変らないわけですが、渾名ではなく、初めから第1区分たる個人名由来の名字ではあった、ということにはなるようで。でもその個人の名前自体が、どのみち渾名から生じたものだったのではないでしょうか。いずれにしろ、英語か独語かなんてのは後世の都合に過ぎず、そこはゲルマン名として同工……ではないかと。
‘Lambeth’ や ‘Lambly’、 ‘Lambo(u)rn(e)’、 `Lambton’ などは皆、羊にまつわる地名由来の名字とのことですが、最初の ‘Lambeth’ などは、テムズ南岸の地域名でもあります。古英語の ‘lambehyðe’、「船荷である羊の積み降ろし場所」が語源の由。つまり、渾名型の名字とは無関係ということに。
後者の「狼」は、ローマの発祥伝説にも善玉として出てくるぐらいで、まあヨーロッパでもかつては結構身近な存在ではあったのでしょう。概ね猛獣あるいは害獣という役どころとは思われますけれど、古来人類最良の友とも言われる犬の近親とのことだし、ゲルマンに限らず、大昔から人名に用いられていたのも、やはりそれだけ狼が身近い相手には違いなかった、ということにはなろうかと。
猛獣と言えば ‘Bear’ って名字もありますが、古英語では ‘bera’ とかいう「熊」に因んだ渾名(赤塚不二夫の漫画に出てくる「ベラマッチャ」ってキャラを思い出したりして)よりは、同じく「林」とか「木立」 の意の ‘bearu’ から派生した複数の地名に由来する例が多いようです。その多く(悉く?)が、イングランド南西端、コーンワル(Cornwall)の東隣り、デボン(Devon)の地名だとも。いずれにしろ、基本は第2区分の土地型ということにはなりましょう。田舎の地形や村の名前が、そこから「町」へ越した者の渾名となり、やがては名字として定着した、という塩梅?
語源に異同はあるかも知れませんが、その派生形にはざっと ‘Beare(s)’、 ‘Bear(s)’、 ‘Bere(s)’ などが挙げられるとのこと。ついでに ‘Beer(s)’ もその1つなんですが、「ビール」とは無関係なんでした。ちょっと残念。その意味に対応する古英語は ‘beor’ だとかいうんですけど、語源についてはまたぞろ諸説紛々として、決定的な答えはないらしゅうございます。関係ないけど。
猛獣ってんなら、何より百獣の王、「獅子」に由来する名字というのもちゃんとあります。 ‘Lion’ よりは ‘Lyon’ とか ‘Leon’ といった形のほうが多く、直接的な渾名系よりは、第1区分の「先祖の名前」由来というほうが基本のようではありますが。それも、中英語の時代には、多くがユダヤ信徒の名字だったとか。
何でも2千年足らず前まではヨーロッパライオンというのがいたそうで、南欧一帯に分布していたのが、ローマ人による乱獲のためか、1世紀頃に絶滅したのだとか。勇猛さの象徴というわけで、渾名としても外見よりは人格に対する例が多かったものとは思われます。
渾名として人名に用いられたのは英語よりも仏語が先とのことで、やはり英国の地にはより縁遠い獣だったということでしょうか。地名の ‘Lyon’ つまり「リヨン」に関しては、別の語源によるものではあろうとのことですけれど、いずれにしろ結構最近(ったって2千年前だけど)までヨーロッパにもライオンがいたってことで、 ‘Leo’ なんて名前が昔からあるのも改めて納得。 ‘Lennard’ も ‘Leonard’ の派生形で、やはりライオンが語源。天才ダ・ビンチも ‘Leonardo’、つまりは「獅子丸」みたような名前でしたのね(すみません、やっぱり「ヴ」って表記がどうにも嫌いなもんで)。
因みに ‘da Vinci’、すなわち「ビンチの」ってのは、もちろん「ビンチ家の」ってことでしょうけれど、その名字自体は居住地の村の名であり、それを姓として名乗るということは、地元では名家だったに違いない、てなことを、40数年前の中2の時分、 NHK テレビでやってたドキュメンタリー風歴史ドラマ、『レオナルド・ダ・ビンチの生涯』の最初のほうで知りました。ただし、身分違いの故か、父は母と結婚してはおらず、実母を知らずに育ったんだとか何だとか。
でその ‘vinci’ はと言えば、何やら「勝つ」「征服する」てなラテン語動詞の活用形らしい……って、こりゃまた全部関係ありませんでした。
「獅子」と来れば、こんだ「虎」か、ってんで、やっぱり ‘Tiger(s)’ って名字もある……にはあるのですが、実はそれ、トラとは関係ない別語の派生形で、名字としても ‘Tigar(s)' って書くほうが基本らしい。
ノルマン人が持ち込んだ古仏語起源の名前で、つまり渾名ってよりは第1区分の「名前型」ということに。まあその先祖の名前自体がハナはやはり渾名だったとも思われますが、‘tigier’、「民の槍」とかいうのが原形なんですと。
「土民の槍」てえと明智光秀の末路を想起してしまいますが、果してこの ‘people('s) spear’ ってのが何なのかは、実は知りません。民衆の武器(宛然竹槍?)ってことなのか、何らかの換喩ってことなのか……。まあ、いいか。しかたがねえ。
主な派生形には、‘Tigar(s)’、 ‘Tiger(s)’ のほか、 ‘Tygre(s)’、 ‘Tyger(s)’、そして ‘Tigier(s)’ (/tɪdʒ i ə(z)/ ;[ティジア(ズ)]) などがあり、ってことです。
いずれにしろ、猛獣のトラとは関係なかったってことではあります。地中海近辺にはだいぶ後までいたというライオンとは違い、容貌や性格がなぞらえらえるほど虎には馴染みがなかった、ってことでしょうか。いずれにしろ英国の地ににはますます無縁だろうし。
猛獣系の例ばかり挙げちゃって、結果的に肝心の渾名、ってよりそれを起源とする名字の話からは逸脱しどおしでした。でもまあどうせなので、さっきのライオンのくだりに関してさらなる蛇足を少々。
ローマ人が乱獲して絶滅したのかどうかは知らないけれど、剣闘士と呼ばれる人間どうしの殺し合いでは飽き足らず、人間と猛獣の戦いまで見世物にし、何よりも、単純に獣を殺戮して見せるのが最も上演頻度の高い出し物だったとかいう話です。ライオンだのトラだのヒョウだの、それにキリンなどは常に需要が高く、アフリカや中東方面から取り寄せていたとはいうものの、既に希少になりつつあったヨーロッパライオンだって利用したことでしょう。あるいはほんとにローマ帝国のせいで欧州産のライオンは絶滅したのかも。
ヒトと獣の戦いってのも、前者(獣闘士?)に到底勝ち目はなく、多くはあっという間に食われておしまいだったような。格闘技などではなく、殆どは公開処刑とのことで、初期キリスト信徒は随分とその手で娯楽に供されたのだとも申します。歴代の権力者が庶民の支持を維持せんがため、自腹を切って刺激的な、ってより陰惨極まる見世物興行を繰り返してたってことらしいんですが、まあとんだローマの休日ぶりってところですかね。
大型獣と言えば、紀元1世紀、シーザーの90年ほど後の第二次ブリテン遠征に際し、ローマ軍は「戦象」まで連れてったという話ですが、生ける武器としての有用性よりは、見た目でビビらせる効果のほうが大きかったかも。いずれにしろ、当時の運搬事情を思うに、また随分とご苦労なこって。
……などと、蛇足ばっかりでまた無駄に話が長くなってますが、猛獣以外の動物名が名字になってるのだってあるわけだから、そういうのにも触れとかないと、と思ったら、やっぱり油断してまたかなり長くなってましたんで、凝りもせず続きはまたこの次ということに。
毎度相済みませず。
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