2018年10月7日日曜日

英語の名前とか(13)

早速ですが、猛獣シリーズ(?)に続き、動物の名前のついた名字について申し述べます。とりあえずは 「犬」と「猫」ってのが、何より卑近な動物ということにはなりましょうか。

‘Dog’ って名字も ‘Cat’ って名字も、あるにはあるんですが、渾名型に該当するのはどうも後者の「猫」だけのようです。それも、たぶんそうであろうとのことであって、渾名だとしても、どういう意味合いなのかはかなり曖昧とのこと。容姿よりは性格に由来するものが基本とは思われますが。

いずれにしても、飽くまでその名字の起源が「先祖の渾名」か否かってことが眼目ではあった筈なんですけど、確実な由来がわかったとしても、それは単に、昔の先祖に1人そういう人がいて、その渾名が子孫には名字として伝わった、という経緯が知れるというだけのこと。何より、大半は飽くまでその可能性がある、というに過ぎないのが実情と申すしかありませず。
 

                

 
ともあれ、まずはその「猫」についてひとくさり。 ‘cat’ という動物名自体がノルマン語源だそうですが、名字もやはりノルマン征服以後のものらしく、 ‘Cat(s)’、 ‘Catt(s)’、 ‘Chat(s)’、 ‘Chatt(s)’、 それに ‘Ketts’ などの別形があるそうです。派生形というより、正書法が確立する以前、中世における発音や表記の錯綜の痕跡を示すもの、といったところでしょう。

意外にも、最後の例の原形かと思わせるような ‘Kett’ は系統が別らしく、 ‘Christopher’  (「キリストの信奉者」が原義)に対する古英語の愛称 ‘Kitt’  の派生形なのだとか。 ‘Kit’、 ‘Kitts’、 ‘Kitte’、 ‘Kyt’、 ‘Kytte’、 それに ‘Kat’ というのもその一党だというのですが、最後の ‘Kat’ なんざ、てっきり ‘Cat’ の仲間かと思っちゃうじゃござんせんか。

あれ? でも仔猫のことは `‘kitten’ などと言いますね。こは如何に?と思ったら、それはまた経緯を異にするとのことで、14世紀末の中英語 ‘kitoun’ から生じたものなんですと。さらに遡れば、古代の仏語やノルマン語の ‘chaton’、 ‘chitoun’、 ‘caton’ などから派生したのではないか、との記述もあります。いずれも「小猫」を意味する ‘chat’ の愛称の如きもので、それもさらには ‘cattus’ なるラテン語に行き着く(らしい)ということでした。「若い女」を指す譬喩用法は1870(明治3)年が初出の由。……って、ついまた余計なことばかり。
 
                  

さてこの ‘Cat’ に対して、 ‘Dog’ のほうはと申しますと、これまた 前回の ‘Tiger’ と同様、結果的に「犬」っぽくなっているだけであり、基本的にはスコットランド特有の名字ながら、語源はウェールズ名の ‘Cadog’ に遡るんだそうで。英語では ‘Catock’、ラテン語では ‘Catocus’ だとかいうんですけど、それから派生したゲイル語名 ‘Mac Gillie Doig’ から転じたものだとは申します。意味は、6世紀のウェールズ王「聖カドク」 ‘St Cadog Ddoeth’ (‘Ddoeth’ は ‘the Wise’ ほどの意味らしい)の召使の息子、なんですと。ちょっと込み入った経緯とも思われますが、いずれにせよ「犬」は関係ないんでした。

因みにその「聖カドク(カドッグ)」さん、ウェールズの聖人では結構大物とのことで、アーサー王伝説にも顔を出すようですが、どのみち後代の説話ですから、時代にも錯綜があるのは、日本の言い伝えとも通ずるところ。

一方、それより古く、むしろスコットランド人の元祖か?ってな風情も感じさせる謎の古代民族「ピクト人」が卸元という ‘Dog’ 一族の伝承ってのもあるそうで、 ‘Kilmadok’ という居住地が起源たる由。

いずれにしても、 ‘Dog’ ったって「犬」ではなく、ケルト語の人名、あるいは地名に由来するってことではあります。つまりこれ、「渾名」系の名字ではなかった、ってことなんでした。そういうのにいちいち言及するから話が長くなっていつまでも終らなくなる、ってことはとっくに承知。わかっちゃいるけど、ってやつです。毎度すみません。
 
                  

どうせ、ってことで、蛇足ついでにまた付言しときますと、この名字にも ‘Doig’、  ‘Dog’ のほか、 ‘Doeg’、 ‘Doige’、 ‘Doag’、 ‘Doak’、 ‘Doake’、 ‘Doack’ などの別形があるとのこと。

なお、「犬」の ‘dog’ はゲルマン語の ‘docga’ が元らしゅうございますが、プレスリーの歌で知った ‘hounddog’ の ‘hound’ も、古英語の ‘hund’、つまりは「犬」であり、「ハウンドドッグ」は何気なく同語反復であったか、って感じ。

‘hund’ と言えば、日本でも「ダックスフント(ド?)」と呼ばれる短足胴長が売りの愛玩犬がおりますけれど、 ‘dachshund’ (英語だと[ダクサンド]みたいな)ってより、イギリスでは ‘sausage dog’ 「ソーセージ犬」って言うのが普通だったりします。 ‘dachs’ は英語の ‘badger’、「アナグマ」に対応するとのことで、あの体型からも、アナグマ狩りに利用されたから、というのが定説。

そう言えば ‘badger’ って名字もあるんですが、これは「アナグマ」っていう渾名に由来するのではなく、第3区分の「職業型」に属し、古英語の「行商人」、あるいは仏語の ‘bagagier’ (荷物運び?)が起源ではないか、とのこと。 ‘Badge’、 ‘Bagehot’、 ‘Baghot’、 ‘Badghot’ などの名字がその類例ということになるようで。

因みに「アナグマ」の ‘badger’ は、「バッジ」すなわち「勲章」が語源とも言われ、顔にある白い部分をそれに譬えたのではないか、って話です。

……と言うか、またしても逸脱が過ぎちまって、恐縮の限り。
 
                  

本来なら、動物の名前が渾名となり、それが子孫の名字として伝わった、っていう例をこそ挙げねばならぬところ、それとは無縁のものにばかり言及することになっておりました。今さらながらの言いわけよろしく、ちょっとだけ渾名っぽい事例を並べ、今回は終りに致そうかと存じます。

まず、古英語由来の ‘Fox’、 およびそれから派生した名字ってのがあります。西洋じゃ「化かす」ってこともないでしょうけど、「狡猾」の見本みたような扱いではあり、渾名としてもまずは「ズルい」ってのが第一義たる模様。ジミヘンの ‘Foxy Lady’ が思い出されます。意外にも、「看板型」の事例を示す記録は見られないとのこと。

Paul Weller の 盟友、 Bruce Foxton って御仁が ‘From the Jam’ という名義で今春(2018年3月)来日してましたけど、 ‘-ton’ という接尾辞が示すとおり、これは代2区分の「土地型」名字。やはり読んで字の如く「狐だらけの所」ってのが基本義なのですが、既にそういう地名が各地にあり、先祖がそこから他所に移住した結果、というほうが蓋然性は高いようではあります。特にこの人の場合は、イングランド南端に近いサリーの出身なので、中部から北に分布するというその地名から推すと、やはり移動による「地名型」なのではないかと。知らないけど。
 
                  

狐の話はその辺にしときまして、次は ‘Deer’ とか ‘Doe’ って名字について少々(「ドウはシカ、メスのシカ」ってのが、ハマースタイン作詞の『ドレミの歌』の出だし)。こっちはどうも「鹿」という動物名由来であることは比較的少ないようです。いずれ渾名としても、前者は ‘dear’、すなわち「立派な」ってほどの語が原形で、後者の ‘Doe’ は、どうやら第2区分の「地名型」にこそ属する模様。

「メスのシカ」かと思わせるその ‘Doe’、何やらノルマン語の ‘O’ という地名に由来し、それがフランスの現地では ‘D'O’ だとかで、つまりはそれをもじった名字なんだとか。「雌鹿」という渾名が元、っていう可能性はやはり低いようで。

一方、 ‘deer’ も ‘dear’ も古英語起源ながら、前者は四つ足全般を指すという ‘deor’ が元ということであり、 ‘dear’ も同じく ‘deore’ が原形だというのですが、こっちはアングル語の ‘diore’、西サクソン(Wessex? 低ザクセン?)語の ‘dyre’ に対応する、てな記述も見ます。

‘dear’ がシカに限らぬ総称のようなものだったってのは、ちょっと和語における「しし」を想起させるような話ですけど、「鹿」すなわち「かのしし」に当るのは、むしろ ‘hart’ という語。こちらは古英語の ‘heorot’ から派生、ってことでした。
 
                  

野生ではありませんが「牛」ってのも思い出しちゃったので、 ‘Cow’ という名字についても読んでみたところ(この一連の駄文は、昔ロンドンで買った2冊ばかりの本に寄りかかってんです)、残念ながら、動物名ではなく、したがって渾名系でもないのでした。でもまあ、これについてもひととおり述べておきましょう。

「カフスボタン」っていう外来語(英語とポルトガル語を混ぜた和製語?)がありますけれど、 ‘Cow’ って名字はどうもその「カフス」の「カフ」、 ‘Cuff’ って名字の派生形で、原形は ‘Cuffe’、原義は「手袋」とのこと。渾名というよりは、やはり第3区分の「職業型」に属する例で、要するに「手袋職人」または「手袋商」という次第。

現代語の ‘cuff’ は「袖口」といったところですが、服装の変化に伴うものでしょうか、袖に関わる用例の初出は16世紀初めとのことです。名字としての派生形には ‘Couff’、 ‘Couff’、 ‘Cuffe’、 ‘Cuffey’、 ‘Cuffie’、 ‘Cuffy’ などがあり、 ‘Cow’ もその1つということに。「牛」じゃなかったとは知りませず。つまりこれ、例としてはまたも外れということに。残念でした。
 
                  

ということで、つまるところ、たった3つばかり追加で挙げた例のうち、曲りなりにも渾名型と言い張れるのはせいぜい1つめの ‘Fox’ だけ。どうも動物名っぽい名字は語源がいろいろで、いちいち話が逸れるのもそのせいであったか、と今さらのように思い至ったりして。遅過ぎるか。

もちろんまだ例示することも可能かとは思いつつ、自分でも多少辟易しておりますのは、飽くまで英語の名字における第4の区分たる「先祖の渾名」に由来、ってやつのうち、「動植物の名前」が渾名になったもの、ってのが主題たるところ、その一部に過ぎぬ「鳥獣」の「獣」に関わる例だけでこれだけ手間取っちゃってるってところ。思った以上に、それぞれ起源が多岐にわたり、単純な「渾名型」として論ずるのは困難、ってことなんでした。やっぱり気づくのが遅過ぎる。

てなわけで、少々唐突でもありますが、「獣」についてはここまでと致し、次回は「鳥」系の名字についてちょっと触れようかなと。どうやらトリのほうがケモノより渾名としての由来は素直という印象なんですが、やっぱり読みが甘いかも。ま、何はともあれ今日はこれにて。

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