2018年9月30日日曜日

英語の名前とか(11)

4種に大別されるという英語の名字のうち、いよいよ最後、「先祖の渾名」に由来する第4区分について申し述べます。

第1区分の「先祖の名前」由来のものが最も該当者の数が多く、第2区分の「先祖の出身地」由来はそれに次ぐものの、名字自体の数、つまり種類は最多、とうのに比べれば、前回までやっていた第3種「先祖の職業・身分」由来の名字はぐっと数も少なく、由来もかなり素朴なものが多い、といったところでした。残る4つめ、「先祖の渾名」型はそれよりさらに少なく、かつ意味もより単純明快たるが基本、ということにはなっているようです。

既に何度か言及しておりますように、個々の名字がその4つに画然と分れるわけではなく、特に第1と第2の区分、第3と第4の区分など、相互に由来の重なる例も多いのに加え、多くの名字が複数の起源を擁しつつ、つまり由来は別々ながら、結果的には同じ形になっている場合も多い、というのが実情ですので、今回の「渾名型」についても、素朴だの単純明快だのと言ったところで、実際の起源には複数の可能性を内包する事例も少なくない、ということはご承知おきくだされたく。もちろん、既に起源が不明となり、4区分のいずれとも判じ難いものもありますし。
 
                  

などと、早速弁解から始めちゃいましたが、最初からこう言っときゃ、いちいち個々の例について断り書きを加えなくてもいいか、との姑息な了見。……ということも、たった今思いついた、てえか気づいたことなんんですけどね。やっぱり凝りもせぬ場当り流。そいつぁもうどうしようもねえってことで、どうぞご宥恕のほどを。

とにかくも、その渾名由来のやつについて、まずは概要のようなものを言っときますと、単純な「色名」や、「容貌」「体格」「個性」「服装」「嗜好」などを表した単語、あるいは直喩に類する例など、実は結構多岐にわたります。獣の名で呼ばれる場合などは、外見によるものか、人格によるものか、あるいは声や動きの特徴によるものかもわからなければ、そもそも渾名ではなく、前回まで述べておりました「職業型」の可能性もあるし、渾名だとしても「看板式」かも知れない、といった具合に、本当はそう単純素朴とも言い切れないところもあるのでした。

ともあれ、そういう、名字の元になった個人の渾名では、まず「色」に由来するものが目出つようではあります。人口上の分布では英米ともに一貫して上位を占める ‘Brown(e)’ などはその代表例と申せましょう。英米ったって、スコットランドじゃあこれ、時期によって2番めだったり3番めだったりという人気の(つまりごくありふれた)名字、ってことは先般も申し上げましたとおり。

ついでに言っときますと、しばしば用いておりますこの ‘-(e)’ という表記、‘-n’ の後に限らず、多くの名字の末尾に付された例がよく見られるのですが、基本的にはどうも、消失した定冠詞の後の形容詞の活用形であったものの名残、ということらしゅうございます。何やら、主に所有格の活用語尾たる ‘-es’ が端折られた ‘-s’ も想起されるような。あるいはまた、社会的地位の上昇による尊称の如きものだともいうことで、結局よくはわからないのでした。
 
                  

それより、この「色」由来の渾名、そもそも何の色かというと、果然大概は髪や肌の色ではあります。髪については、人種的に意味を成さない我が日本人の名前には無縁の要因ということになりましょう。 ‘Black’ も ‘White’ も、個人を特定する髪の色としては、日本じゃとても有効とは言い難いのに対し、あちらでは老若を問わず、黒っぽい髪や白っぽい髪は充分な特徴を成すという次第。色黒とか色白ってのについては日本だって同様ですが、それが個人を特定する渾名として頻用された(らしい)ということは、やはり身体的特徴が基本的に多様な西洋人種ならでは、ってところでしょうかね。わかんないけど。

色名でも、たとえば ‘Green(e)’ の場合は、「草地」に由来する第2区分の土地型ってのが基本のようではありますが、渾名だとすると、身体的特徴(せいぜい瞳の色?)よりは性格に対する譬喩、つまり「青二才」に類する事例が普通ではある、ということになるようです。

尤も、色に由来する名字の多くは、(現代語における)直接的な色の名前そのままではなく、少なくとも日本人の身であるこちとらにゃあ、俄かには了解し難い言い方になってたりします。実は ‘Bowie’ ってのもその1つ。

あの世への引っ越し方が妙に粋だった彼のデイビッド・ボウイは、当初本名の ‘Jones’ で商売していたところ、折しも人気のモンキーズのメンバー、それもよりによって唯一の英人であったデイビー・ジョーンズの側から「紛らわしい」との苦情があり、それで ‘Bowie’ とはした、ってのも一部では夙に知られた話ではありますが。

でもそれ、中学のときに英和辞典を見たら、 ‘bowie knife’ とも併記され、何やら「鞘付き猟刀」とか書いてあるじゃござんせんか。我らがデイビッド・ボウイも、あるいはそのつもりでそれを芸名に採用したのかも知れませんけれど、その語義は19世紀(幕末辺り)以後のもので、それもアメリカ発祥。名字としてはそれより遥かに古く、 ‘Scots Gaelic’、すなわちスコットランドのゲイル語(大昔にアイルランドから移住あるいは侵攻したケルト系民族の方言)で、「(髪が)黄色(金色)」ってのが原義だそうな。件の物騒な ‘bowie’ は、考案者のテキサス軍人の名字がその‘Bowie’ だっただけっていう意外なオチ。その刃物の語源なら、一応記載した英和辞典もなくはありませんけれど。

で、これはほんの一例でして、色に由来する渾名、およびそれを伝える名字は存外多いものの、「黒」や「白」や「茶色」といった素朴な語形になっていないものが大半なのでした。
 
                  

その「黒」にしたって、アイルランドやスコットランドのゲイル語を伝える ‘Duff’ という名字があり(原形は ‘Dub(h)’?)、スコットランドの話であるシェイクスピアの ‘Macbeth’ 『マクベス』 にも、 ‘Lord Macduff’ という、いかにもって感じの人物が出てきます。最後には、己が妻子の仇である主役のマクベス王の首級を上げるという、なかなかの役どころ。尤も、主人公のモデルとなった実際のスコットランド王は、11世紀、イングランドのノルマン征服以前のお人で、‘Mac Bethad mac Findlaich’、 現行表記では ‘MacBheatha mac Fhionnlaigh’ とかいうらしいんですが、それはまあ余談。

それよりこの「マクダフ」、言わずと知れた「‘Duff’ の息子」、アングロサクソンの ‘Blacks(on)’ に対応する名字ではあります。 ‘M(a)cBlack’ などという折衷型もあったりして。

一方、「白」に由来する名字にもまた ‘Blanch(e)’ というのがありまして、これは ‘blank’ に繋がる古仏語起源。ということは、 ‘black’ や ‘white’、あるいは ‘brown’、 ‘green’、 ‘red’ といったゲルマン語系とは出自を異とし、ラテン語由来ということに。「ブランコ」も「カサブランカ」の「ブランカ」も同源ってことですが、てこたあ、ビリー・バンバンの『白いブランコ』は何気なく同語反復だったということに。いずれにしろ、 ‘White’ が言わば即物的な「白」であるのに対し、こちらは「純潔」「清廉」といった譬喩であることが多い模様。

他方、同じ「白」でも、ウェールズ語起源の名字には ‘Gwyn’、ならびに ‘Gwynn’、 ‘Gwynne’、それに ‘Gwin(n)’ といったものがあり、こちらはまた性質ではなく髪や顔色についての呼称とのことですが、近世初期のイングランドによる高圧的な容喙の結果、ウェールズ人の名は押し並べて英語風に変じ、今ではこれら ‘Gwyn’ 系はアイルランドのほうがずっと多いとも申します。

中には白とも黒ともつかない名字ってのもありまして、 ‘Blake’ ってやつがそれなんですけど、基本的はこれ、古英語系の ‘bleak’、すなわち「寒々しい」 の派生形で、「(顔が)蒼白な」ってほどの渾名だったらしい。ところが、同じ ‘Blake’ でありながら、単純に ‘Black’ の変形という例もあるそうで、そうなると、まったくおなじ名字がまったく正反対の語源を有する、ってことになり、これもやっぱり、今どきの Blake さんの先祖がどっちなのかはいかにも判じ難い、ということになりますようで。
 
                  

「赤」については、 ‘Redford’ (赤瀬?)的な土地由来型は散見されるものの、身体的特徴による渾名型としては、どうも ‘Read(e)’ という派生形のほうが多いようです。でなければ ‘Rudd’ ってのが結構ありがちな例で、それはドイツ語 ‘Rot’ とも通ずる古英語形といったところ。 ‘red’ との関係も見てとれましょう。例の ‘Rothschild’、つまり「ロスチャイルド」ってのはドイツ語の誤読によるもので、ほんとは ‘Roths’ + ‘child’ ではなく ‘Roth’ + ‘schild’、[ロートシルト]だとは申しますが、これも「赤い盾」、本来なら ‘Redshield’ にこそ呼応する名字なのでした。またも余談ですが。

身体的特徴の赤というと、まずは赤毛とか赤ら顔ってところですが、「赤毛」という言葉で1つ思い出しました。またも40年ほど前、ロンドンの英語学校の自分のクラスに、たしかスイスの女子生徒が新たに入って来まして(入学は随時受け付け、軽い試験で適当な学級に振り分けられるのでした)、それが実に見事な 赤毛の人だったんです。で、それを見た担任が、「あんたの赤毛は本物だね」と、こっちにはよくわからない褒め方したんで、どういうことかと思ったら、お洒落とか変装とかで赤毛のカツラかぶってる人は結構すぐわかる、ってんですよ。

なぜかというに、赤毛ってのは髪の色だけではなく、どうやら全身的な特徴、言わば体質を伴うもののようで、大抵は色が白く(つまり白人としても)、子供のうちなどは殆どみんなそばかすだらけ、とのこと。そう言やあそういう感じもするなあ、とは思ったけれど、なにしろ赤毛の人ってのを普段頻繁に目にするわけでもありませんでしたから。

シャーロック・ホームズ最初期の短編に、『赤毛組合』とか『赤毛連盟』とか訳される ‘The Red-Headed League’ってのがありまして、かなり手の込んだ犯罪計画のために赤毛の男が騙されて利用される、みたような話だったと思うんですが、「見事な赤毛」とは言っていても、その他の特徴にまでは言及していません。まあ、通常はまず髪の色だけが問題で、妙に色白だとかそばかすだとかってのは、特に赤毛の特徴だとは言われちゃいないのでしょう。まあ言わずと知れたことだからいちいち話題にするまでもない、ってことかも知れませんけれど。

てえか、またまた余談でした。

そう言えば、名字としては第1区分の「名前型」に属する ‘Adam’ ってのも、原義はヘブライ語の「赤(い)」だとのこと。アダムもいればイブもいるってわけで、女性の個人名としてはラテン語直系の ‘Eva’ のほうが普通らしいんですが、 ‘Eve’ という名字もちゃんとあります。『創世記』に記された謂れ、アダムが「万物の母」だからとの意味で己が妻をそう呼んだ、とかいうのとは裏腹に、ヘブライ語の原義としては「快活な」または「(豊穣の象徴としての?)大蛇」なんだとか。これが、伝言ゲーム宛らラテン語を経て英語に伝わり、個人名や名字に利用されるようになったのはせいぜい千年足らず前とのことなので、正確な語源などを気にしてもしょうがない、って気も致しますが。

って言うか、飽くまでこれ、名字における色の話だったんだ。またしても余談でした。すみません。
 
                  

さて、「色名」系の名字についてはひとまずこんなところであろうかと。てことで、今回はまたここまでと致し、残りはまた次回に後回し。やっぱりそう簡単には終りませんでした。半ばは想定どおり。毎度恐縮です。

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