2018年10月11日木曜日

英語の名前とか(14)

またちょっと間が空きましたが、予告どおり、「鳥」の名前が先祖の渾名で、それが名字となったという例について、少しく記します。

トリ系の名字には、それこそ ‘Bird’ なんてのから、たとえば ‘Crow’ だの ‘Sparrow’ ってのまで、結構いろいろあるようです。 ‘Nightingale’ などという風流なのもありますが、子供の頃は、うちにあった薬の入れ物に描かれていた昔の偉い看護婦さんの名前、っていう認識。何だか長い名前だなあ、とは思っとりました。声のきれいな小鳥の名前(ツグミ科の由)だったとは知りませず。

いずれにしろ、主として性格に対する譬喩として鳥の名が後に子孫の名字となった、というのが基本的な型のようではあるものの、多くは確たる起源が知れず、あるいは複数の起源を擁するとともに、「ケモノ」系と同様、音韻や表記の変遷の結果、宛もトリの名前のようになっているだけ、という例も散見されるとのこと。 ‘Robin’ なんてのもその1つで、どうやら第1区分の「先祖の名前」由来という一派にこそ帰すべきものであり、さらに ‘Robins’ となると、それは ‘Robson’ と同じく、 ‘Robert’ の息子たる ‘Roberts(on)’ の派生形とのことで、どうも例外なく人名由来ということにはなるようです。
 
                  

そもそも個人名の ‘Robin’ 自体が小鳥の名前(コマドリ?)とは無関係であり、ノルマン以降に流行ったその ‘Robert’ という人名に対する愛称だったのでした。 ‘Robert’ 自体は古英語の ‘Hreodbeorht’、「名声」+「明るい」という抱合せ技だったやつの仏語風ってなところ。結果的には、‘Rob-’ が「名声」に相当する古ゲルマン語の名残りで、それに古仏語の愛称的接尾辞 ‘-in’ が付された折衷型の名前が、つまりはこの ‘Robin’ の正体で、やはり小鳥の「ロビン」から付けられた渾名ではなかったということに。

じゃあトリのロビンの語源は、てえと、何と、件の人名のほうが元だったという意外な事実。初出は近世、1540年代だそうで、その前世紀、15世紀半ばの記録に見られる、人名の ‘Robin’ をもじった ‘Robin Redbreast’ の略称ったとのことで、 ‘robinet’ との愛称でも呼ばれていたそうな。胸の赤い鳥だったとは知りませなんだが、その15世紀初めには ‘redbreast’ だけでこの鳥を指していたとも申し、 ‘Rboin’ を冠したのは頭韻による語呂合せだったのが、やがては専らその付足しのほうだけで間に合せるようになった、という経緯だった模様。

もちろん、それ以前からこの鳥自体はいたわけで、本来の名は ‘ruddock’ だったんだとか。後期古英語の ‘rudduc’ から変じたもので、それ自体は ‘rudu’ 「赤」に愛称的接尾辞を付したものであり、つまりは「赤い鳥」ってことだったのね、って感じ。いずれにしろトリの名としての ‘robin’ は比較的新しく、ヒトの名を拝借したものだったというオチなのでした。そうなると、どうしたって ‘Robin’ という名字がこの鳥に由来する渾名型であるわけはなく、軽く吃驚ってところではあります。

‘Robin Hood’ との表記は14世紀の記録に見られるそうですが、彼の英雄譚の時代背景は13世紀にも遡ることになっていたりして、いずれにせよ未だ支配層がフランス語(もどき)をしゃべっていた頃の話。その時点ではまだその「ロビン」、小鳥の名前じゃなかったんでした。何となく寂しいような心地も。

ついでなので ‘Hood’ っていう「名字」のほうについても蛇足をちょっと。古英語の ‘hod’ を語源とする第3区分の「職業型」、すなわち「頭巾」とか「幌」とか(日本じゃ[フード]などと言いますが)の製造、販売に携わる者、というのが基本ながら、‘Hood’ という地名に由来する第2区分の「土地型」という場合もあるそうな。いずれにしろ、これはもう主旨である「鳥」からはまったく逸脱した話ではございました。
 
                  

と言ったそばから、また余計なことを思い出しちゃったりして。

モンティ・パイソンの「聖杯」、 ‘Monty Python and the Holy Grail’ って映画の登場人物に、円卓の騎士の1人、エリック・アイドル扮する 「サー・ロビン」ってのがいるんですけど、オリジナルのアーサー王伝説よりはだいぶ時代を後にズラし、10世紀ぐらい(将門の頃)の話にはしているとは言え、次世紀のノルマン征服以降、徐々に流行ったという件の ‘Robert’ って名前は言うに及ばず、そのさらに派生形である ‘Robin’ って名前なんざ、まだどこにも「ない」ってことにはなるような。

10世紀のその時分って、アングロサクソンが何とかバイキングを抑え込んで、やっとのことでまたイングランドを掌握したって頃なんじゃないか、って気もするんですが、それよりさらに何百年も前の、当のサクソンと戦ったブリトン人の部族長ということになっているアーサー王の頃だと、「ロビン」なんざもっと容赦なくあり得ない、ってことになりましょう。飽くまでモンティ・パイソンの低予算映画のキャラではありますが。う~む、と唸っときますかね。
 
                  

つい ‘Robin’ という名前に引っ掛かって、またしても余談に耽ってしまいましたが、トリ絡みの渾名系(と見られる)名字はかなりの多数には及びます。 ‘Robin’ のような思わぬ例外に加え、 地名由来のものや、第3種の「職業型」、それに例の「看板式」というやつを包摂する事例など、結構おもしろそうな話も少なくはないんですが、キリがなくなるのが必至なれば、できるだけいちいちの細目には言及せざることには致す所存。

とりあえず「鳥」そのものを指す ‘Bird’ について付言しときますと、容貌や性質による渾名に発する場合もあれば、「鳥屋」という職業型という例もあり、‘Byrd’ や ‘Byrde’ などがその派生形、とった塩梅になるようで。

また、「雀」、‘Sparrow’ と言えば、ジョニー・デップの当り役でもありますが(実はあの映画、1つもちゃんと観たことありません)、その「海賊」ってやつでちょっと思い出したのが、 ‘Drake’ という名字。海賊ったって、デップの映画の背景からは1世紀以上時代を遡る16世紀末、それまで最強を誇っていたスペインの無敵艦隊を破ったイングランドが俄然威張り出す契機となった大海戦時の副提督(海軍中将?)にして、英国人で最初に世界一周を達成したという、フランシス・ドレイクというお人のことです。

当初は「官許」の「私掠(しりゃく)船」の親方で、つまりは民間人ながら、戦時敵船捕獲免許とやらを受けた ‘privateer’ だったのが、その「功績」により、イングランド女王エリザベス一世からは名誉貴族たる「騎士」に叙せられ、いわゆる「サー」の称号を授与された立派な「軍人」ということにに。でも敵方のスペインにとってはまさに海賊でしかなく、あまりの凶悪さに、その首には莫大な賞金までかけられたともいうのですが、イギリスにとってはあっぱれなる英雄、てなところ。

まあ最期は、カリブ海での対スペイン戦で負けが込んだ末、風土病の如き赤痢で落命っていう、あまりパッとしない末路ではありましたが、その ‘Drake’ という名から、敵側からは ‘El Draque’、悪魔の化身たる「ドラゴン」との渾名を賜った由。

で、その ‘Drake’、一見 ‘duck’ に対応する雄鴨(雄のアヒル?)のことなのかと思いきや、スペイン人がもじって邪悪な龍になぞらえるまでもなく、英語の名字としてもハナからそれだってんです。15世紀ルーマニアの「ドラキュラ」(ブラド・ツェペシュ?)ってのも同源ということになりましょうか。

因みに、鳥の ‘drake’ は「龍」(大ウミヘビ?)の ‘drake’ より「新しい」ようで、14世紀以前の用例は確認されないとはいうものの、いずれもどうやらゲルマン語源とは思われ、 ‘drako’ ってのが原形だとかって話です。 ‘Drakes’、 ‘Draike’、 ‘Drayke’、 ‘Draykes’、 ‘Draikes’ といった名字は皆その一党とのこと。

一方、雌鴨の ‘duck’ は、動詞「(水に)潜る」からの譬喩だそうで、やはり14世紀以降の言葉らしい。 ‘Duck!’ てえと、ドンパチものの映画なんかだと「伏せろ!」のような台詞だったりもします。

おっと、その ‘Dcuk’ っていう名字だって、しっかり存在するのでした。こちらは、歩き方の特徴などから、トリの名がそのまま渾名となったものとは言われております。ノルマン以後の名字とは言え、 ‘duk’ だの ‘duc’ だの、古英語でも古仏語でも、かなりの数の同義の語源に遡り得るとも。ただしそれらは皆、ラテン語で「指導者」を意味する ‘dux’ から派生した語との見分けがつかない、とも申します。どいつもこいつもなかなか一筋縄では行かない、ってところですが、とりあえず ‘Duche’ とか ‘Ducke’ とかいうのがこの名字の一派だそうで。
 
                  

どうせなので、‘Sparrow’ についても少しく蛇足を記しときましょう。いかにも「雀」のように、人懐こく、チュンチュンした感じ(?)から付けられた渾名に発する名字か、とも思われるものの、どうやらそう簡単な話でもないようで。

この名字の発祥地と目される Norfolk では、エドワード二世の時分(14世紀初め。因みにこの人が初代 ‘Prince of Wales’)に当地の West Harling に在住した William Sparrow が起点である、というのが通説になっているそうですが、それより前、1273年の ‘Hundredorum Rolls’、すなわち 「国勢調査」の記録には、より古形の同名が散見されるとのことで、「雀」と同形になったのは後から、と見るべきではないか、とのこと。因みにその年は日本じゃ文永10年、1回めの元寇の前年だったりして。関係ないけど。

とにかくその「百人簿」(?)には、たとえば Oxfordshire に ‘John Sparuwe’、 Cambridgeshire に ‘Laurence Sparwe’ や ‘Hugh Sparewe’ といった名が記されており、100年あまり後の1379年(南朝の天授5年、北朝の永和5年または康暦元年……って、それがどうしたとは先刻承知)、 Yorkshire の徴税簿には、‘Rogerus Sparowe’ に ‘Adam Sparowe’ との記載があるというのです。それらは ‘Sparrow’ の派生形ではなく、むしろそうしたさまざまな古形がやがて現行の「雀」の形に収斂されるに至ったもの、ということになるのでしょう。

しかしまた、じゃあその「雀」の ‘sparrow’ の元は、てえと、結局上に挙げた古い名字に似た、古英語の ‘spearwa’ その他、「小さい鳥」を指すという多数の類似形に遡るってことで、ならやっぱり渾名の「雀」っていうのが ‘Sparrow’ 姓の元ネタなのかしら、って具合に、謎が深まってしまったような心地だったりして。ほっときゃよかったかも。

現代の表記では ‘Sparrowe’、 ‘Sparow’ などの形があるとのことではあります。念のため。
 
                  

…と、ここまで書いてきて、やっぱり今回の「鳥」由来の名字も、思った以上に厄介だということに気づきました。先ほどは「キリがなくなるからいちいちの細目には言及しない」などと呑気なことを言ってましたけど、まだもうちょっと記しときたいトリもありますので、またぞろこの辺で一区切りとし、続きは次回ということに。恐縮至極。

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