2019年4月27日土曜日

‘QU’ が「ク」で ‘EEN’ が「イーン」かよ(5)

英語の ‘qu’ という字列の発音に対する片仮名表記についての難癖……とでも呼ぶべきものを書き散らして参ったわけですが、早速前回の続きを。
 
                  
 
「クイーン」ではなく「クィーン」、「グアム」ではなく「グァム」といった書き方は以前から頻繁に目にしますし、「クェスチョン」や「クォーター」などは、ことによるとむしろ昔から優勢だったかも知れません。この「イ」だの「ィ」、あるいは「ア」だの「ァ」だのが、本来なら「ウィ」や「ワ」とすべきものであろう、ってなことをこないだから書き散らしとる次第ではあるのですが、ひょっとするとこれ、近世には廃れていたという例の「合拗音」、ほんとだったら「クヰ」だの「クヱ」だの「クヲ」とでも書くべきものを、「現代的」に母音字を小さくすることで代用した結果か?ともチラッと思ったりして。まあそりゃないでしょうけどね。単なる不用意な習慣に過ぎぬものではあるのでしょう。

何が不用意かてえと、小さい仮名が混ざってたら普通は拗音か促音の印、ってことんなるじゃねえか、ってところでして。促音は小っちゃい「ッ」だけだから、「クィ」だの「グァ」だのって書いてあったら、そりゃさしずめ拗音に類するもんに相違あるめえ、と思ったとしても、あながち下拙のトンチンカンってことにはなりますまい。つまり、「グワム」たるべきものを、「グアム」ってんならまだしも、「グァム」なんぞと書かれた日にゃ、その「グァ」ってところを、「キャ」だの「チャ」だのと同様、1音節、おっと1拍か、とにかく2文字で1つ分の音を表すものならむ、と解釈しても無理からぬところ、ってな感じ。かくして、「ガム」だの「ガテマラ」などという、少々無様な読み方も一部では流行るに至った……とかね。わかんないけど。
 
                  
 
でもそれにしちゃあ、「クィーン」と書いてあってもそれを[キーン]なんて読む人がいないのはどうしたことか。「クェスチョン」だって[ケスチョン]たあ言わねえし。まあ、肝心の英語だと ‘questionnaire’ を /kwes-/ ではなく /kes-/ 式に発音する人だって(だいぶ減りはしたけど)いなくははい、ってことは前々回言ってましたし、 ‘quarter’ なんぞは、 /ˈkwɔːt ə/ の代りに /w/ 抜きの /ˈkɔːt ə/ だけで済ますってのも結構普通だったりはするんですがね。英和辞典ではこれをしばしばイギリス式の副次的発音と記載しておりますが、どうやらアメリカでも3割ほどの人が /w/ 抜きで発音している模様。

ただしこの言い方は、単語としての、あるいは上接語としての発音に限るようで、「コーターバック」(quarterback)はいいとしても「ヘッドコーター」(headquarters)は頂けない、ってこともあります。まあこれについては、 spelling pronunciation 流行りの煽りで /kw/ 派一辺倒になりつつある、なんて傾向も見られないようで。やっぱりわかんないけど。
 
                  
 
いずれにしろ、「クウォーター」という、より穏当なるべき書き方はまず見かけません。「コー……」という表記および発音も、別に英語音の実状を伝えるものってわけではなく、やっぱり勝手な早とちりの如きものに過ぎないでしょう。それならそれで、初めからこの手の外来語、和製語は全部「コ」の字で書きゃあよっぽどスッキリしそうなところ、「クオ」ならぬ「クォ」なんて書き方するもんだから、ぜんたいどういう了見なんだかとんと知れねえんじゃねえか、なんてね。でもやっぱり「ォ」っていう小文字(捨て仮名?)を見せられると、どうしたってそりゃ拗音の仲間か?ってまごついちまうじゃござんせんか。いったいどうしろってんだか……などといちいち文句をつけたってしかたがねえなあ重々承知。

あ、でも昔は、 Steve McQueen (今どきはグレナダ系英人映画監督のことだったり)のことを決然と「マッキーン」って呼ぶ手合もおりました。「マクウィーン」と書いたからって到底英語音を表したことにはならないにしろ、「マックイーン」が「マックィーン」と書かれたりもするもんだから、「ガム島」なんてのと同様、それは[マッキーン]とするのが「正しい」発音に違いない、とでも思い込んだものやら。でもやっぱり ‘Queen’ を「クィーン」って書いたからって[キーン]なんて読むやつぁいませんぜ。たぶん。
 
                  
 
そう言えば、「ヘッドコーター」で思い出したんですが、‘quart...’ のカタカナ読みでもっと容赦なくひでえ事例があったんでした。四重奏(唱)関連の「カルテット」ってのがそれなんですけど、英語だと ‘quartet(te)’ で、発音は /kwɔː ˈtet/。イタリア語だって ‘quartetto’、[クワルテット]([クワ]は飽くまで1音節ですが)だから、「クア……」とか「クァ……」という誤解はまだしも、「カ……」はねえだろうに、とは思っちゃうんですよね(1音節には収まるにせよ)。まして英語なら「クウォ……」とまでは言わないにしろ、せめて「クオーテット」とか「クォーテット」なら許せもしよう、てなもんで。いっそ「コーテット」ってんでも、まあまけといてやるか、てな気にはなる。俺が許したりまけたりしてやる立場でもねえのは百も承知なれど。

つまりこの「カルテット」、英語のカタカナ表記としては「ヘッドコーター」だの「マッキーン」だのってよりよほど念の入った誤記および誤読という次第。上述の如く、音楽用語とてイタリア語に倣ったのだ、てな言いわけも通りませんし。伊語の模倣にしろ、 ‘quar...’ はどうしたって「クワル……」でなくちゃ。これが「カルテット」だてえなら、1人増えた ‘quintet(te)’ や ‘quintetto’ も、「クウィンテット」ならぬ「クインテット」「クィンテット」どころか、「キンテット」とせねば間尺に合うまい……てね。

やっぱりこれ、「ィ」っていう拗音的な表記から誘発された誤解なのでしょうか。それでも「クイーン」が「クィーン」と表記されたって「キーン」たあ読まねえんだから、どこまで行っても一貫性、論理的基盤の欠落は覆うべくもなく……ってのも随分大げさ、ってよりエラそうだけど、そいつぁまあ毎度のことで。
 
                  
 
ついでに思い出しちゃったので記しときますが、 ‘quarter’ つまり「4分の1」とは同源の ‘quart’ という容積の単位も /kwɔːt/ または /kɔːt/ なんでした。やはり片仮名では「クオート」とも「クォート」とも書くようですけど、英語とは裏腹に[コート]とは読まないんじゃないでしょうかね。それじゃ別語と区別がつかないような。「コート」という外来語も、元の英語でこれと同音になるのは  ‘court’ のほうで、上着とかの ‘coat’ は[コウト]とでもすべきもの……って、そりゃまた大きなお世話か。切りがねえや。

さてこの ‘qt(.)’ と略記される ‘quart’(終止符なしの縮約が英国流の通例)ですが、基本的には液体の計量単位で、1ギャロン、おっとガロン(gallon)の4分の1ってことではあるものの、英米で全般的な基準が異なる上、米では穀物などの乾量と液量とでもまた分れるとのことです。液体に用いられる場合は量が少なめで、1リットルに満たないのに対し、英式の1クオートは1リットルをかなり超え、米式では乾量クオートもそれよりちょっと少ない、ということになってます。

これの半分が1パイント(pint)なんですが、イギリスのスーパーで売ってた2パイント入り牛乳パックは、日本の1リットル入りに比べると上部が妙に平らで、つまりその分中身が多くパンパンって感じでした。ちょっと開け辛かったかも。牛乳瓶1本は半分の1パイントだから、もともと日本のよりは随分大きいんですが、1パイントってのはそのままビール1杯の意ともなり、 ‘All I need is a pint a day’ っていう歌の文句が想起されたりして。でもパブ行って1パイントだけでやめとくのは至難のような……。それでもアメリカのパイントよりゃ多めなのか。
 
                  
 
またも余計な回顧談に耽ってしまいましたが、ついでのついでに思い出したのが、同じく ‘quart’ という表記ながら発音を異にする別語。トランプ遊びのピケだかピケットだか(piquet)における4つ続きの組札、あるいはフェンシングにおける防御技のことだそうで、後者は ‘quarte’ と、ちょいとおフランス風に書くほうが普通かも知れません。いずれも英語の発音は[カート](/kɑː(r)t/)で、これも例外的な ‘qu(a)-’ ということにはなりましょう。容量の単位のほうは14世紀あたりが初出であるのに対し、こちらは17世紀以来とのこと。語源を遡ればいずれも仏語経由のラテン語とはなるようで。
 
                  
 
ついでばかりで恐れ入りますが、「グアム」や「グアバ」について付言致しますと、「グワ……」とか「グヮ……」っていう、ちょいと怪我の功名っぽい書き方も散見されるものの、やっぱりスペイン語や英語の音韻に忠実たらんとしてそうしてるなんてこたないでしょう。これも何度も申しますとおり、「ク」や「グ」自体によんどころなく[ウ]という母音が不可分に内包されている以上、所詮国語の表記法では /kw/ や /gw/ という部分を示すことは不可能。それどころか、「クワ」「グワ」(「クヮ」「グヮ」)という字音仮名遣いだって、父音=頭子音の /k/、 /g/ のほうにワ行音的要素が加えられた合拗音を表す苦肉の策であり、どういうつもりの書き方なのか知らなければそれまで……というような与太話が、この一連の愚文の発端なのでした。

ときどき、「ワ」だの「イ」だの「エ」だのではなく、その前の「ク」や「グ」を小っちゃくしたほうがまだましなんじゃないか、と思うこともありますけれど、字の大きさがそれとなく示し得るのは発音の強さぐらいでしょうね。小さく書いたからって /ku/ や /gu/ の /u/ を除いた /k/ だけを表す、なんて都合のいいことにならぬは先刻承知。やっぱりどう足掻いても和文の文字では父音だけを切り離して表記するのは無理なんですね。そういう発音(てえか音素)自体がないんだから当然か。
 
                  
 
てな塩梅で、いつに変らぬ索然極まる駄文とは相成り、毎度恐縮の限り。とりあえず今回は多少「クイーン」という言葉にも言及してますし、まったく看板に偽りありって感じでもなかったような(ほんとか?)。

0 件のコメント:

コメントを投稿