2018年8月1日水曜日

‘Have you a cigarette?’(2)

さて、前回から引き続き ‘have’ とか  '(have) got' とか ‘have gotten’ とかについての与太話を。

「所有」や「所持」といった意の(というのも曖昧な言いようとは承知) ‘have got’ は基本的に英国風ではあるものの、歌の文句では昔からアメリカのものにもよく見られ、その場合は肝心の(?) ‘have’ が省かれて ‘got’ という「現在形」が多用される、てなことは申しました。アメリカでは、純然たる完了は ‘have (has, had) gotten’ だということも。

それでもやはり、どうにも釈然としないなあ、と思うところはありまして、いい具合にオタッキーな英語サイトを見つけて覗いたり(どれもイギリスのものだったのは、ここ数十年、一方的に米語に「侵略」され続けてる側だから?)、もう何十年も前の古いイギリスの語法辞典を読み返したりなどしたところ(新しい版も持ってるけど、古い話は古い本のほうが当然精しいということで)、結構いろいろわかったんです。それをまたお伝えしようという了見でして。
 
                  

アメリカにおける2つの言い方、‘have got ...’ と ‘have gotten ...’ は、いずれも形は完了だけれど、 ‘get’ という動作によってもたらされた結果、言わば「静的(static)」な「状態」のみを表す場合の過去分詞が、18世紀以降のイギリスにおける唯一の標準形である、過去と同形の ‘got’であるのに対し、「獲得」とか「変化」とかの「動的(dynamic)」な過程を含意するのが、英国においては古形(実は米国でも復古形)である ‘gotten’、ということにはなりますようで。

イギリスじゃあとっくにその両者の区別がない、ってわけですが、それで何ら困らないのは、やはり文脈ってもんがあるからだし、当のアメリカだって、前者の「静的」なほうは、結局単に ‘have’ ってのと同じ状況を指すことになるから、中学で習った ‘Do you have ...?’ だの、 ‘I don't have ....’だのって言い方が普通、ってことにもなるという次第。

むしろ、アメリカ方式のほうが曖昧と言えなくもないのは、イギリスでは明確な対照を成す ‘Do you have beer?’ 「ビールを飲む(習慣はある)か?」 と、 ‘Have you got beer?’ 「ビールはあるか?」が、通常はいずれも前者の言い方になっちゃうってところ。それも結局は話の流れ、文脈てえもんによって、まず混乱を来すこたないとは思われますが。

イギリス式だと、後者の ‘Have you got beer?’は「ビール買っといた?」ってことにもなりそうだけど、それに対応するアメリカの言い方が ‘Have you gotten beer?’ ってことにはなるってこってしょう。 ‘got’ だとまったくその意味にはならないってわけで、昔はそういう食い違いから、英米人の間で意思の疎通に齟齬を生じた、などということもまことしやかに言われてたりします。何やら江戸時代の上方者と江戸っ子のやりとりをネタにした笑い話のような。つまり、実際には両者とも概ね先刻承知って具合。

いずれにしろ今じゃあお互いとっくにわかっちゃってるから(イギリス的言い方がいつの間にかアメリカでも普通になってる例だってかなりあるのは、60年代 British rock の「侵略」の成果?)、たとえば、 訪米中の英国人観光客が、‘Have you got ...?’ という質問に対して ‘No, we don't.’ などというちぐはぐな答えを返されても、今どきは別に驚きゃしない、ってな塩梅らしゅうございます。
 
                  

さて、何気なく「所有」だの「所持」だのとは言っとりますが、たぶん前者が多少とも恒常的な意味、後者が当面の状況を指してんでしょう……って、今さら自分で言うのも間抜けだけど、いずれにしろ「動的」な意味合いの ‘get’ よりは比較的「静的」な ‘have’ によほど近いのが、英米を問わず ‘have got’ という皮相的完了表現の示すところ、とは言えるのではないかと。

で、英国流では、習慣的、日常的だろうが、一時的だろうが、動的な意味の ‘have’、つまりさっきのビールの話におけるような「飲む」とか「食う」とかに類する、行為、動作の類いを表す ‘have’ は、アメリカと同様、助動詞 ‘do’ を利用するまったくの一般動詞扱い、ってことにはなるということで。

それだけじゃないや。たとえば、 ‘I've got a headache.’ って言うと「(今)頭が痛い」であるに対し、頭痛持ちだてえなら、 ‘I have a headache every (Monday?) morning.’ てな具合に、 ‘got’ の出番はない、ってことにはなりましょう。

それと、これは英米を問わないんじゃないかとも思うんですが、例の ‘have got to’、アメリカっぽい歌の文句だと大抵 ‘gotta’ となってるやつも、当面の「必要」を表すなら何の文句もないところ、いつもそうしなきゃならない、って事情については ‘have to’ としか言わないような。つまり、 ‘I've got to be leaving now.’ (もう行かなくちゃ)に対して、 ‘I have to wear my glasses.’ (眼鏡かけなきゃダメなのよね)って感じ? ‘I've got to wear ...’ だと、とにかく今眼鏡がないと困る、って言ってることになる、ってところが違ってたりして。

考え出すと、あまりにもいろいろな使い分けがあって、ちょっとキリがなさそう。まあ、とりあえず英でも米でも、さまざまな要因によって言い方は何気なく、しかし実は画然と分れている、ってのが実情なのではないかしらと。

それから、今思い出したんですが、40年前のイギリス(ロンドンおよびその近郊)では、前回述べた地下鉄駅での子供の事例を除けば、中1で習ったようなアメリカ語、 ‘Do you have a book?’ 的な言い方よりは圧倒的に ‘Have you got ...?’ だったし、 ‘I have ...’、 ‘I don't have ...’ じゃなくて ‘I've got ...’、 ‘I haven't got ...’ ではあったんだけど、それをそのまま過去に移行させた ‘had got’ が同等に基本的だったかって言うと……そっちはどうもその当時から ‘Did you have ...?’ だの ‘I didn't have ...’ って言い方も普通だったような。 ‘Had you got ...?’ とか ‘I hadn't got ...’ とももちろん言ってたけど、現在と過去とでは多少用法に差異はあったんじゃないか、って気はします。

いずれにせよ、一度だけとは言え ‘Have you a cigarette?’ とは訊かれたものの、それに対応すべき ‘Had you a cigarette?’ 的な言い方には接したことがありませず。昔はそう言ってたんでしょうかねえ。言ってた筈だとは思いますが。

あ、決り文句の類では、今も ‘I haven't the slightest clue.’ 「何のことかまるでわからねえ」って言い方は普通っぽいですね。 ‘faintest idea’ なんてえとちょっと気取った感じ? ‘I've no idea.’ ってのも別に古臭かないし。いずれしたって ‘got’ を挿入しても全然意味は変りませんけど。それもアメリカじゃあやっぱり ‘I don't have ...’ ってんでしょうねえ。
 
                  

ところで、この ‘have (has, had) got’ と ‘have gotten’ の使用例について、1800万件に及ぶウェブサイトを調査したという2012年の統計結果を示した記事を見つけまして、それによるとアメリカでは後者が前者の2倍に及ぶとのこと。ほぼ「静的」か「動的」かによって画然と分れる、ということのようです。

それが、カナダではいくぶん英国的な風情も漂うということか、「動的」な ‘have got’ も用いられるようで、使用頻度は ‘have gotten’ とほぼ半々、ほんの少し後者が多い程度、という結果だそうです。つい「北米」って括りで一緒なのかと思っちゃってました。こっちにゃ訛りの区別もつかないし(江戸っ子にとっての京都弁と大阪弁の違いのようなもん?)。

オーストラリアとアイルランド(共和国ではなく島全体のことでしょう。北アイルランドはイギリスであってアイルランドではない、などと教えてくれる人が日本には多くて辟易します)では、ともに ‘got’ が ‘gotten’ の3倍、「我が」ブリテン(連合王国ではなく北アイルランド以外、って括りの筈)では、前者が後者の7倍に及ぶ、ってことなんですが、それでも予想外に ‘have gotten’ っていう「米語」が善戦、って印象ではございます。

でもそれ、飽くまでウェブサイトの記事における割合であって、大半はごく私的な書込みではありましょう。ここ200年ほどの出版物における比率では、英米ともにほぼ一貫して ‘got’の用例が ‘gotten’ より多く、20年ほど前の世紀末の前後にだけ、アメリカでは ‘gotten’ が ‘got’ を上回るも、ほどなく ‘got’ がまた跳ね上がる、という統計結果も見ました。いずれにしろ、英国での ‘gotten’ の使用例が常時アメリカより遥かに少ないのは明らかではありますが。

おっと、それどころか、2010年以降の英国会議事録では、何と‘(have, has, had) got’ は ‘gotten’ の1500倍なんだそうで。ま、それが本来の英国用法のあるべき姿、って気もするけれど。
 
                  

とは言っても、過去分詞ってのは、完了だけではなく受動を表すのにも使われんですよね。詩的な表現では、助動詞を伴わない単純な形容詞用法が英でも長らく重宝されていたようだし、限定的(前置)であれ叙述的(後置)であれ、 ‘ill-gotten’、すなわち「不正取得による」ってな文句なんぞは未だに現役だったりももします(‘ill-got’ ってのは見たことないような)。‘beget’ だの ‘forget’ だのという、派生的な動詞の過去分詞は、英米を問わず皆旧来のまま、ってことはご承知のとおりで。

詩的表現の例としては、2千年あまり前のローマの詩人、ホラティウス(英語では Horace)の『抒情詩集』(ラテン語で『カルミナ』)を、ビクトリア朝(幕末~明治)の1894(明治27)年に、政治家が本業のグラッドストーン(William Ewart Gladstone:百数十年前のスウィフトが支持した Tories の後身たる保守党から、対抗した Whigs を継ぐ自由党へ鞍替えした、当時随一の革新系)が訳したやつがありまして、その中に、 ‘(give sound mind:) on gotten goods to live cotented’ って文句があるんです。‘get’ の過去分詞が専ら ‘got’ となって既に1世紀以上、ラテン語の古典ならではの雅びな英訳、ってところでしょうか。

しかもそれ、独立後のアメリカも実は同じ状況だったのが(もともと同じイングランド語だし)、なぜかまさにちょうどその頃、19世紀末に至って、宛然仮定法の如く、亡霊のようにその ‘gotten’ なる擬古調がよみがえり、以後長らく英米の語法を分かつ代表的な要因とは相成った、ってのが実情のような。

その、助動詞(‘have’ とか ‘be’ とか)に連なる現代アメリカ語の ‘gotten’ について申さば、100年ほど前のイギリスでは今のようなアメリカ語法という認識は希薄で、批判は主に、大時代の鼻持ちならねえ衒学趣味、といったところだった模様ではございます。
 
                  

さて、ここで、今日(近年まで?)英米の語法を如実に分つが如き ‘have got’ と ‘have gotten’ の歴史的沿革とでもいったものについて申し上げたいと存じます。‘gotten’ が本来の過去分詞で、それが過去と同形の ‘got’ に変じたのはいつなのか、また、アメリカではなぜ古語の筈の前者が遺存(実は復活)するに至ったのか、てなことについての知見などをちょいとまとめとこうかという次第。

……と思って書いてたら、またしてもどうしようもなく長大なもんになっちまいやして、書いてる途中で、こりゃ一度に投稿するのはちょいと無茶だな、と判断するに至りました。てことで、もう1回(たぶん)続きます。 ‘tense’談義の一環としてダラダラ書いていた ‘modal’ 論についてはまたも日延べってことで、どうぞ悪しからず。

う~む……

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