2018年9月2日日曜日

英語の名前とか(2)

さて、早速本題に入ると致します。

英語の名字が庶民にまで浸透するのは中世も後半(14世紀ぐらい?)とのことなんですが、基本的な区分としては、

 先祖の名前、
 先祖の出身地域(地名のほか、地形、地勢などに由来)、
 先祖の職業(や身分)、
 先祖の渾名(容貌や性格などに由来)、

の4種ということになってます。

「先祖の名前」というのは、たとえばエルトン・ジョンという人がいますけど、まあ初めは本名じゃなかったということはとりあえず看過するとして、この ‘John’ という、多くは専ら当人個人の名前(first name / forename / Christian name / given name)であるものが、名字(surname / last name / family name)としても用いられる、というのがその例。 ‘John’ という親の名を自らの名前の後に添えたものだったのが、やがて代々の名字として世襲に至る、といった具合。

なお、「クリスチャンネーム」という言い方は、個人名の大半が教会の洗礼名、という中世後半以後の状況を反映するものではありましょう。もちろん英語の名前に限らず、欧州全域の各民族に広くみられる傾向ではないかと。一部がイングランドの地に渡ることになるゲルマン諸部族にも、ローマとの絡みでキリスト教になびいていた者が少なくなかったとも言いますが(細かい宗旨の違いはともあれ)、肝心のアングロサクソンの一党はまだ全然キリスト教とは無縁。駆逐された側のケルト系先住民のほうには、既にローマ支配時代に、聖書のキャラを気取ったヘブライ語源の名前(のラテン形)を名付ける習慣が定着していたようですけど。

実際には、ユダヤ教の異端分子が独立して対等(以上)の勢力となったのが後のキリスト教(つまりキリスト自身はユダヤ信徒)、ってことではあり、当然より古いユダヤ教徒のほうが、ギリシャを始めヨーロッパ南西部には紀元前から少なからずいた筈。その後も、ほうぼうでキリスト教との角逐はありつつ、常時どこの土地にもユダヤ人ってのはいたわけで、旧約部分は共有してるんだし、両聖書に出てくる名前、あるいはその派生形が、英語(欧語)の個人名としては最もありがち、ってのも当然のような。西洋人はどいつもこいつも似たような名前で、しかも何百年も前からの使い古しばっかり、ってのはそういう事情によるもので、‘Christian name’ も ‘Jewish name’ も夙に交錯してはいた、ってところかと。
 
                  

さて、「ヨハネ」の英語形 ‘John’ ですが、名字としては、それが個人名ではないことを示かのように ‘-son’ という接尾辞を付した ‘Johnson’ ってほうが普通であり、それどころか、アメリカじゃあそれが2番めに多い名字ってことんなってたりします。イングランドとウェールズを合せると、それ
に対応する ‘Jones’ が2位で、 ‘Johnson’ よりずっと多いとのこと。ブリテン全土(Britain: England, Wales and Scotland)およびアメリカ合衆国では、いずれも1位は ‘Smith’ (‘Taylor’と並ぶ職業由来名の代表)なんですが、アイルランドではそれ、5番手ぐらいなんだとか。どのみちだいぶ古い統計結果ではありますけれど。

日本では「鈴木」と「佐藤」が40年ほど前に逆転したんじゃありませんでしたっけね。単に統計の精度の問題、との意見もあるようですが、それについては何ら存じませず。とにかくまあ、恐らく今も英米の多くでは ‘Smith’ がその「佐藤」、 ‘Jones’ または ‘Johnson’ が「鈴木」に相当、ってところではありましょう。

‘Jones’ の前に、まず ‘Johnson’ からの一次的派生形たる ‘Johns’ とか ‘Johnes’ という名字もあるってんですけど、あんまり見ませんね。 ‘e’ の有無はそのまま ‘o’ の発音の違いに繋がり、[ジョンズ]が[ジョウンズ]という具合になるんですが(カタカナ表記はご存知「ジョーンズ」)、イングランド+ウェールズで2番めに多いというこの ‘Jones’、実はそもそもがウェールズ発祥の語形とのことで、ウェールズに限れば1位と2位が逆転し、しかも2位の ‘Smith’ を遥かに凌ぐ圧倒的な多さなんだとか。

皮肉なことに、もともとウェールズ語のアルファベットに ‘j’ の文字はなく、本来 ‘John’ に対応するのは ‘Ioan’ とのこと。今ではイングランド人の名前にも、それと同根たるスコットランドのゲイル語名だった ‘Iain’ の派生形 ‘Ian’ ってのがとっくに浸透してますね。

そりゃあんまり関係なかった。でも、そう言やあ、ストーンズの(本来の親玉?)ブライアン・ジョーンズって、 ウェールズ人なんでした。同じウェールズ出身の有名なジョーンズには、かのトム・ジョーンズって御仁もおりますものの、ありゃ本名じゃないし。18世紀、フィールディングのヒット作の主人公も Tom Jones と名付けられた捨て子、って設定になってますが、つまりは全国的にごく平凡な姓名の典型、ってことで。
 
                  

個人名由来の例として挙げた ‘John’ からつい ‘Jones’ にまつわる能書きを垂れちまいやしたが、ちょいと話を戻します。さっきちょっと言及した「息子」を表す付足し部分、 ‘-son’ (ドイツや北欧ではご存知 ‘-sen’)は、もちろんゲルマン語の接尾辞で、それに対するゲイル語の接頭辞が ‘Mac-’ という塩梅。スコットランドでは多数を占める ‘M(a)cDonald’ というケルト風名字に対応するゲルマン系の名前が ‘Donalds(on)’ ってことになります。 McCartney がいかにもケルト的な名字であるに対し、 Harrison は、「ハリーの倅」っていうゲルマン的な名称ってことにはなるような。いずれも、それで先祖代々の民族的帰属関係なんてもんが知れる道理もなく……ってことは一応言っときますが。

イギリスから見たら、アメリカ人なんざ「どうせ ‘Yank’ じゃん」ってところ、かのマッカーサー元帥は、その ‘M(a)c-’ という接頭辞から、アイルランド系か、と思われるのが心外で、俺はスコットランドの名族の流れだ、って威張ってたってんですよね。なんかいじましいような話だったりして。

ちょっと笑っちゃうのが、この人、本人は Douglas MacArthur ながら、その父親は、なんと Arthur って名前なんですね。つまりそれ、‘Arthur MacArthur’、すなわち「アーサーの息子のアーサー」という姓名なのでした。この接頭辞、表記は ‘Mac-’ だったり ‘Mc-’ だったりする上、 ‘c’ をもう1つ挿入するかどうか、さらにはそれが大文字か小文字かってのもまた個々の事例によりさまざま。 MacArthur 以外にも、 Macarthur、 MacCarthur、 Maccarthur、 McCarthur、 Mccarthur、それに McArthur、 Mcarthur という例がウェブ上にありました。それぞれ「うちは代々この書き方だ」とか言い張ってそう。

McCartney も、 Mccartney、 MacCartney、  Maccartney、 MacArtney、 Macartney、  McArtney、 Mcartney ……という表記が悉く見られます。でもこれは ‘M(a)c-’ の後が母音字だからでしょうか。 ‘M(a)cDonald’ の ‘D’ は常に大文字の模様。わかんないけど。

それより、「マッカートニー」てえからには「アートトニーの息子か?」って感じですが、 ‘Artney’ は、 ‘Arthur’ と同根のようで、 ‘MacArtney’ は  ‘MacArthur’ の副次形とのこと。ポールの ‘McCartney’ はそのさらなる派生表記ということになりましょうか。

Arthur 自体は相当に古くからある名前で、語源説は多岐にわたり、結局ほんとのところは誰にもわからないようです。伝説の「アーサー王」ってのは、侵攻するゲルマン人のサクソン族と戦ったブリトン人という設定で、ローマが引き揚げた後、その文化を継承するケルト人、あるいはローマ人の末裔という位置づけ。だからその名前についても、ケルト民族に伝わるものが源流だとか、ラテン語、あるいはそれを経由して伝えられたギリシャ語に由来するものだとか、諸説紛々の様相。

スコットランドに特有の ‘MacArthur’ に対応するアイルランド風の名字が ‘MacArtney’、という記述もウェブで見かけたんですが、真偽のほどは知りませず。「英語」式の ‘Arthurs(on)’ に対し、 ‘Artneys’ はともかく、 ‘Artneyson’ って表記は見当りませず。

なお、 Apple 社の Mac はカナダを代表する林檎の品種名 ‘McIntosh’ の略称から採ったとかいう話ですが、綴りは ‘Macintosh’ とちょいと読みづらい。 ビートルズの『ペニー・レイン』にも出てくるレインコートの別称 ‘mac(k)’ の原形は、 ‘mackintosh’ という、難なく読める表記なんですがね。
 
                  

ときに、「マック」と言えば日本では何より彼のハンバーガー屋のことではないかと(‘humburger’ ってのは日本で言う「ハンバーグ」のことなんですがね)。米側からは当初、日本での名称を「マクダーナル」にしろって言われたものの、日本人にはそれじゃわからない、っていう主張が通って「マクドナルド」とはなったのだとか。

それはさておき、先ほどもちょっと言及しましたが、スコットランドでは Smith、 Brown(e) に次いで3番めに多いのがこの ‘M(a)cDonald’とのこと。それも60年ほど前の統計で、それまでは19世紀以来2位だったそうな。今はまたどうなのか知りません。 ‘Donald’ 自体がスコットランドの名前で、それがそのまま名字になっていたり、英語(ゲルマン系、アングロサクソン)風の接尾辞を付した ‘Donaldson’ や ‘Donalds’ も、やはり彼の地には多く見られるものの、やはり ‘M(a)cDonald’ の勢威には遠く及ばず、ってところらしい。

マッカーサー元帥の親父が「アーサー・マッカーサー」、すなわち「アーサーの息子のアーサー」という名前であった、という話も致しましたが、「ロビー・ロバートソン」だの「ジャック・ジョンソン」だの、名前と名字が殆ど一緒っていう駄洒落のような有名人は昔から少なからず。エドガー・アラン・ポー(ポウ?)の怪奇小説にも ‘William Wilson’ ってのがありました。主人公が素性を隠すために採った偽名、という設定ではありますが、これもつまるところは「ウィリアムの息子のウィリアム」って言ってるのと変りません。

日本の姓名ではなかなかこうはいきませんでしょうね。戦後の検事か何かで「佐藤藤佐」、すなわち「さとうとうすけ」って人はいましたけど。安部公房の小説に出てくる「甲田申由」(こうださるよし)にも迫る洒落っぷり。
 
                  

てなこたまたもどうでもよござんした。英語の名前の話だったんだ。今挙げた ‘William’ ってのがまた、ノルマン占領以後、千年近くにわたって英語圏に流布する人気の名前ってことは前回申し上げたとおりなんですが、 ‘John’ と同様、派生形の ‘Williams(on)’ とか ‘Wil(l)s(on)’ とかに比べると、そのままの名字はむしろ少数派の模様。

……などと、つい油断して、「ジョン」の話のつもりがいつの間にか「マック」談義その他に流れてしまい、またしても無駄に話が長くなっちまったんで、ここで一旦区切り、続きはまた次回ということに。相も変らぬ索然ぶり、まことに心苦しく(ほんとか?)。

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