前回は ‘Swallow’ だけ、しかも大半は肝心の名字とは関係のない与太話に終始してしまいましたが、今少し鳥由来の事例を挙げておくことにします。
アトリ科はスズメ目に属する、って言われても、知らねえもんはしかたがねえ。「アトリ」という和名自体に対応する英語は ‘brambling’ だとはいうのですが、いずれにしろトリのことはよく(まったく)知りませんので。
なお、 ‘chaff’ は、麦類の殻のことなんですが、古英語の ‘ceaffinc’ を古形とする ‘chaffinch’ の前半はまさにそれで、冬の間、畑に落ちた穀類のクズを餌にするからなんだとか。「ズアオアトリ」なんていう国語(和名)なんかよりは「チャフィンチ」ってほうがよほど馴染みがあるんですけど、その愛らしいという姿は結局知りません。それでも英語だと結構耳にするのは、トリの名前としてではなく、人名その他でよく聞くからなのでしょう。
因みに子孫が「伯爵」に叙されたのは17世紀のことらしく、18世紀には Nottingham 伯も兼ね、以後は ‘Finch-Hatton’ という名字なんだとか。
それより、 ‘Vincent’ が ‘Finch’ の元になるってのは、前者の頭文字 ‘V’ の音韻を欠く国語(後者は[フ]の父音が類音)の感覚だと俄かには了解し兼ねる日本人もいそうですけど、 /v/ は 無声音 /f/ の有声版であり、この名字の派生形にも、 ‘Fynch’ のほか、 ‘Vince’、 ‘Vinch’、 ‘Vynce’、 ‘Vinch’、 ‘Vynche’ その他があり、ってこってす。
どのみち、鳥にも渾名にも徹することができぬまま、単純にトリっぽい名字にまつわる、あるいは安易に連想してしまっただけの事柄を、またぞろあれこれ書き散らしているだけ。ここまで来たらもう居直るしかございません。碌にトリ系の渾名型名字の話も致さず、多少は心苦しいところもありながら、ひとまずはその ‘Swan’ の多義ぶりについてまたひとくさり、ってことでひとつ。
とりあえず「白鳥」の意の ‘swan’ の語源としては、ゲルマン祖語(英語を含むゲルマン諸語の、多分に理念上の原形)の ‘swanaz’ に遡るとのことで、意味は「歌う者」だと申します。色より声に由来ってことなんですかね、ったって、白鳥の鳴き声ってそんな美しいわけでもないような。
生涯まったく鳴かず、死に瀕して一度だけ美しく歌う、っていう俗信だか伝説だかには、14世紀のチョーサーも言及しているとのことですが、その今際のひと声、というよりその譬喩、つまり「最後(期)に咲かすひと花」てな意味の ‘swansong’ は、1831(天保2)年が初出で、しかもドイツ語の ‘Schwanengesang’ を訳しただけのことなんだとか。
因みに、古英語には「旋律」だとか「歌」だとかいう ‘geswin’、および「曲を作る」という意味の ‘swinsian’ なる派生語もあった由。
基本的にはこれ、古英語の個人名、 ‘Swein’ に由来する、第1区分の「先祖の名前」型とはなるようでございます。古英語、つまり ‘OE’ というと、たびたびバイキングに圧迫され、終いには半ゲルマン民族ってな風情の「フランス人」たるノルマン勢の風下に置かれたアングロサクソン人の本来の言語、って感じですけど、それだって数世紀の間には相当な変容を遂げた筈。そんなことを言ってたらキリもありませんが、とにかくノルマン以前の、フランス語化する前の古い英語、という大雑把な認識の下に「古英語」とは申してはおります次第。
でこの ‘Swan’ という名字の語源(の1つ)、 ‘Swein’ ってのも、アングロサクソンとは言い条、古北欧語、つまりはバイキング話である ‘Sveinn’ から派生したものとのことで、その語義は「男子」「従者」「下僕」といったところだとか。「壮丁」って言葉を思い出しちゃいました。ついでに「小僧」だの「丁稚」だのというのまで想起されたりして。さすがにそれは離れ過ぎか。
その ‘swein’ からは、現代語としても命脈を保っている、「田舎の若造」だとか、「(女に振られる)求愛者」だとかって意味の ‘swain’ という語も派生し、それがそのまま ‘Swain’ という個人名、およびその名の先祖を起源とする名字になっていたりもするものの、当初はやはり「若者」「侍者」といった意味だったでしょう。
一方、 ‘swine’、すなわち「豚」という類似形の語とも通じるということか、 ‘Swain’ にはまた「豚飼い」(‘swynhyrde’ = ‘swineherd’)、および「牛飼い」や「羊飼い」、さらには「農民(百姓)」という「職業型」の例もあるとのことです。と言うか、眼目たる ‘Swan’ 姓にも、この第3区分たる「職業型」に属する事例がある、ってことなんでした。その場合は、「白鳥」とはまったく関りのない、その ‘Swain’ の派生形ということになりましょう。
とりあえずそのうっかり看過した「先祖の故地に由来」って区分に属する例について申しますと、どうやら地名や地形、地勢という、言わば正統的「土地型」ではなく、多少おまけのような「看板系」ばかり、というのが実情のようです。つまり、白鳥が描かれた看板のある宿屋や店屋の近くに住んでるやつ、ってことからその看板の絵柄が呼称となり、それがやがて子孫の名字として代々継承されるに至った、という部類ってことで。
トリ系の名字としては、この素朴な由来の第2区分と、逆に由来が不分明とされる第4区分の渾名系の2つとはなるというわけですが、ちょいとしたまとめを施しときたいのは、残る第1の「先祖の名前」系と第3の「職業」系の来歴、ってことなのでした。相変らず段取りが悪くてすみません。何度も申しますとおり、全部場当り的に書き散らしとりますもんで。
‘Swin’、 ‘Swine’ のほか、 ‘Swinne’、 ‘Swyne’ といった別形があるとのことですが、ついでにこれ、「種を蒔く」という動詞とは同綴異音の ‘sow’ (/səʊ/ ならぬ /saʊ/)、すなわち「雌豚」もその派生形で、古英語の ‘sugu’ とか ‘su’ とかに遡るのだとか。前者、「種を蒔く」のほうは、同じく古英語の ‘sawan’ が原形だということです。つまりこれ、現代表記がおんなじってだけで、元々まったくの別語だったんですね。そのような例はまあ、我が国語においても珍しくもありませんでしょうけれど。
因みに「豚飼い」、 ‘swineherd’ の古形 ‘swynhyrde’ の初出は、早くも1100年頃の由。
その ‘swain’ という普通名詞について今少しまとめときますと、概ね既述ではありますが、「男子」「下僕」「従者」などを指す古北欧語 ‘sveinn’ から派生した 「騎士に随う若者」という意味の用例が12世紀半ばには見られるとのこと。それは既に中英語の時代として、さらなる語源を遡れば、ゲルマン祖語の ‘swainaz’ 「従者」「下僕」、つまりは「自らに帰属する(自らが所有する)者」といった語に至り、それもさらには印欧祖語の接頭語句 ‘swoi-no-’ に行き着くってんですけど、それもまた「自分自身」「独り」「隔絶」などの意の語根 ‘s(w)e-’ から成る……とか何とか。それが、「羊飼い」だの「豚飼い」だのを指す古英語(アングロサクソン)の ‘swan’ や(古サクソン語の) ‘swen’と通ずるともいうのですが、そうなると「豚」または「猪」の ‘swine’ はやはり直接には繋がらないということになりましょうか。
眼目である ‘Swan’ にとっては原形の1つとも見える ‘Swain’ ではありますけれど、それ自体が、古北欧語の普通名詞、またはそれを起源とする個人名の ‘Sveinn’ からさらに派生した(バイキングとアングロサクソンの混淆による)古英語名 ‘Swein’ の変形で、それがまた、例に漏れず発音、表記の動揺を経て、「白鳥」と同形の ‘Swan’ その他に変じた、っていうのが基本的な経緯とはなるようで。一方、直接的な個人名由来ではなく、「若者」、あるいは「下僕」や「従者」に類する、当人もしくは先祖の職業・身分から名付けられた ‘Swain’ もあり得る、ってなところかと。
いずれにせよ、第1区分の「先祖の名前」、および第3区分たる「先祖の職業・身分」に由来する ‘Swan’ は、概ね(悉く?)その ‘Swain’ の転じたものとは申せましょう。それに加え、恐らく「看板型」ではあろうけれど、第2区分の「先祖の出身地」に由来する「白鳥」の意の ‘Swan’ と、由来は定かならずとも、白鳥を思わせる要因による第4区分の「先祖の渾名」に発する ‘Swan’ という、都合4種の ‘Swan’ 姓がある、ということにはなります次第。
‘Swaine’、 ‘Swann’、 ‘Swanner’、 ‘Swani’、 ‘Swayne’、 ‘Swein’、 ‘Sweing’、 ‘Sweyn’。
まだもうちょっと触れときたいトリ系のネタもございますれば、次回はそれを。今度こそ鳥の話は終りにしたいと念じてはおります。
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