2018年11月13日火曜日

英語の名前とか(19)

前回やりかけといて中断した「落穂拾い」の続きを。

早速ですが、体格その他の「大小」を表す渾名が名字となったという例もあり、 ‘Big’ もいれば ‘Little’ もいるという塩梅。ただし、前者に関しては ‘Bigg’ という表記が普通である上、その息子を指す派生形 ‘Biggs’ という事例が遥かに多いようではあります。

さらに、古文書の記載には、前回も触れた ‘Nash’ や ‘Rock’、それに ‘Dash’ だの ‘Tash’ だのという「木」に因む名字に絡んで以前述べた、‘de’ (= of) や ‘atte’ (= at the)の付された例も見られるとのことで、その場合は第2区分の「土地型」かとも思われるものの、中英語の時代にはもはや地形・地勢的要因とは無関係になっていたとのことです。

「小」のほうには、 ‘Littleboy’ といった容赦のない名字もあれば、「大」にはまた ‘Bighead’、つまり「うぬぼれ屋」ってな、ちょいと意地の悪い渾名由来の例もあるそうな。

‘litlle’ と言えば、本邦では夙に「ドリトル」として知られる ‘Dolittle’ ってやつもありますけど、これは文字どおり「ものぐさ」「のんびり屋」という渾名が子孫の名字となったものだと申します。「小」にはさらに、それこそ「チビ」だの「小者」だのを意味する古英語の ‘Bass(e)’ や、その愛称形 ‘Basset(e)’ という例もあるとのこと。

12世紀、庶民から大司教にまで利達するも、敬虔にして清廉、硬骨(石頭?)たるところが災いし、かつての朋友であった国王ヘンリー二世の差し向けた配下に殺害されたという Thomas Becket の ‘Becket(e)’ だの ‘Beckett(e)’ ってのは、実は「小さい口(嘴)」という意味なんだそうで。そいつぁ知らなんだ。ゴドーを待つ芝居を書いた Samuel Beckett って御仁もいましたけど、あれは ‘Becquet’ ってほうが妥当?
 
                  

「チビ」で想起しちゃうのが「デブ」だったりしますが、 ‘Ball’ およびその派生形 ‘Ballard’ は「(玉のように)丸い」というところから、太った先祖の渾名が名字と化した例だという話です。あるいは「丸い頭」ってことで「ハゲ」とか。なかなか辛辣ですな。今の自分にとっては身につまされるところ。実はこの ‘Ball’ という名字、 ‘bald’ とこそ同根で、デブよりはハゲのほうが正統との説も。いずれにせよ、渾名とは言え容赦のなさがなかなか沁みます。

一方、日本の「丸岡」や「小山」に類するかのような、「丸く盛り上がった地形」が語源という土地由来の例もあるそうで、「チビ」だの「デブ」だの「ハゲ」だのという不穏当な渾名を伝える名字ばかりとは限らないのでした。

因みに、詩文や音楽の「バラード(バラッド)」は ‘ballad’ とか ‘ballade’ で、それぞれ発音は異なります。どちらかと言うと、英音の ‘Ballard’ は、第2音節を弱く言った場合、‘r’ は発音されないため ‘ballad’ と同音になったりもしますけれど。
 
                  

さて、前回までの無駄に些事を連ねた記述に比べ、今回は多少話を簡単に済ますようにはしてます。個々の事例についてのしつこい語源説などは概ね端折ってんですけど、今までの調子でそれやってると到底「落穂」なんてもんじゃなくなっちゃうもんで。てえか、たぶん自分でもかなりくたびれちゃってんでしょう。どのみち悉くが無益極まる駄文ではありますし、とにかく今回で是非とも終りにしようとの覚悟の下に書いてはおります次第にて。

何言いわけしてんだか。
 
                  

ともかく話を進めます。図らずも ‘B’ で始まる名字が続いてますので、もういくつかそれを並べとこうかと。

まず ‘Beard’ ってのについてちょっと。「鬚」とはまた、渾名としてもかなり安直な部類ではないか、と思ったら、11世紀のノルマン征服以後は、それまでのアングロサクソンやバイキングの世では普通だったヒゲ面は流行んなくなって、顎鬚生やしてるだけでも結構な特徴を成すに至った、ってことらしい。

それとは別に、丘の稜線などを指すという、つまりは土地型に該当する ‘Beard’ 姓もあるってんですが、それより、「詩人」の意の雅語 ‘bard’ こそこれと同源、という説もあり、それが最も尤もらしい(すみません、つい)ような気も致します。元々はゲイル人(アイルランド、およびそこからスコットランドに渡ったケルト系民族)の「吟遊詩人」、ってより「歌手」「芸人」のことだった、というのは結構知られた話ですけれど、英語全般ではやはり「詩人」を指す文学用語、といったところ。 ‘the Bard (of Avon)’ がシェイクスピアの通り名だったりも致します。

スコットランドではその ‘bard’ から ‘Baird’ という名字が派生し、猪退治で名を上げたとかいう豪傑にもその名の人がいます。それがまたさまざまに転訛し、その1つが ‘Beard’ だった、とも。「鬚」云々はガセだったってことですかね。相変らず諸説紛々たるところですが、そりゃしょうがないのか。ともあれ、その伝だと ‘Bard(e)’、 ‘Baard’、 ‘Bayard’ などが同系ということになるようで。

蛇足ながら、中学生の時分なら ‘bird’ も ‘bard’ も同じ[バード]じゃないか、紛らわしい、などと勝手なことを思ったでしょうけれど、一旦英語の音韻と表記の相関がわかっちゃうと、一字の違いでまったく別の音韻しか思い浮かばなくなります。そういうことは、やっぱり学校の授業では扱う余裕がないんでしょうかね。頭の柔軟な生徒のほうこそ難なく習得し得そうなところ、今も昔も教える側が把握してないだけなんじゃないか、とも思っちゃうんですが、どうなんでしょう。まあ、いいか。この歳になってそんなことを気に病む義理もねえし。
 
                  

‘Beard’ が「鬚」かどうかは結局わからない、ということんなっちゃって、そもそもこの例に言及したこと自体をちょいと悔み出してたりもするんですが、確かに「ヒゲ」でも ‘Moustache’ 「髭」という名字は見当らないようだし、末尾に ‘s’ があればまだ「髯」ということにはなる(単数だと1本だけ?) ‘Whisker’ も、どうやら ‘Wishart’ という、ヒゲとは無縁の名字の転訛に過ぎぬらしゅうございまして。

で、その ‘Wishart’ はと言えば、やはりスコットランド発祥だというのですが、「賢い」というほどの意味を持つ個人名から転じた、つまりは第1区分の「先祖の名前」由来の名字なのでした。語源は古北欧(バイキング)語で、「勇猛果敢な」というのが原義らしい。いずれにせよ、 ‘Whisker’ という字面を裏切り、ヒゲとも無関係なら、第4区分の渾名系ですらないということに。 ‘Wisehart’、 ‘Wiseheart’、 ‘Wishard’、 ‘Wisheart’、 ‘Wychart’ などがその一党たる由。
 
                  

またも要らない話に触れて脱線しちゃいましたが、 ‘B’ で始まる渾名系名字を今少し。

‘Bastard’ と言えば、基本的には無作法な罵倒語という風情ですが、「私生児」「婚外子」が本来の語義。古仏語起源だそうですが、貴族の男が認知した、妻以外に産ませた子、というのが原義だとも。先祖の渾名が名字と化した例ではあるようなので、何らかの事情により未婚の親の下に生れた者の子孫、ということになるのでしょう。また仮借のない渾名もあったもので。

「不純」という譬喩としての ‘bastard’ の初出は14世紀末、一般的な悪態として用いられたのは19世紀になってからとのことです。悪罵の対象は人間とは限らず、人に対する用法には、罵倒ではなく、羨ましさの表明ってのもあります。「にくいやつ」ってなところかと。

‘Bas(s)tard’ のほか、 ‘Baisterd’、 ‘Basteder’、 ‘Bastert’、 ‘Bestard’、 ‘Bos(s)tard’ など、結構多くの別形がある……というようなことにはもう言及するまい、と思ったのに。
 
                  

と言うか、またしても枝葉に絡み取られてしまいました。話を簡単に済ますとか何とか言いながら、どうもいけません。ま、もう1つだけ例示して、とりあえず ‘B’ で始まる渾名型名字については切り上げることに致します。

かつて『ミスタービーン』っていうコメディー番組が流行りましたけど、 ‘Bean’、 「豆」っていう名字は実在し、「豆屋」という換喩的職業型でなければ、やはり典型的な「先祖の渾名」系。意味は、「役立たず」「愉快」「親身」「意欲的」「従順」など、毀誉こもごもとでも申しますか、結構多岐にわたる模様。確かに「大豆」の譬喩てえと、そりゃいろいろではありましょう。

それにつけても、ありゃイギリスのキャラだってのに、日本じゃしつこく「Mr. ビーン」という表記が横行してんのが軽く不快。「ミスター・ビッグ」っていうバンドだって、70年代ブリティッシュのほうは飽くまで ‘Mr Big’ であり、 米式の‘Mr. Big’ とは「点」の有無だけで見分けがつく、ってなもんなのに、中学の頃、この「点」を書かないと間違いとされたのを思い出すじゃござんせんか。それ、書かないのが数十年来の英国式なんですがね。まあいいか。しかたがねえ。

でもその ‘Bean(e)’、  古英語では「豆」でも、 古仏語だと「公衆浴場」のことだったとかいうし、スコットランド古代民の名前としては、ゲイル語で ‘life’ を意味するという ‘beatha’ から派生した ‘Beathan’ の転訛なのだとか。名字としては先祖の個人名に由来する第1区分ということになりますが、 ‘Bain(e)’ その他多数の類例を擁するとのことで、 ‘M(a)cBain’ といった結構ありがちな名字も、つまりはその派生形ということに。ほんとは「豆」じゃなかったのかな。まあいいか。しかたがねえ。
 
                  

さて、結局逸脱の罠からは逃れられず、最後まであちこち寄り道を重ねる仕儀とはなっておりますが、今少し「落穂」を拾って、長々と書き散らして参りましたこの「英語の名前とか」なる一連の駄文も、いよいよおつもりということにしようとは思っとります。でも結局また寄り道ばっかりしちゃったために、思ったほど簡潔にまとめることはできませず。ちょうど ‘B’ が頭文字の例にも見切りをつけたところではありますし、ここらでまたも次回に続く、ってことで何卒ご海容賜りたく。

ほんとしょうがねえよな、我ながら。

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