2019年4月18日木曜日

‘QU’ が「ク」で ‘EEN’ が「イーン」かよ(3)

前回もまた話が逸れどおしのまま諦めて切り上げちゃったんですが、「クイーン」云々の話の「枕」、字音仮名遣いの「クワ」その他についての愚論を今少し。
 
                  

字音仮名遣いの考案者だという本居の腹積りとは裏腹に、[クワ」(「クヮ」)ってのは、単に「ク」と「ワ」を普通の2倍速で、つまり無理やり1音節に詰め込んでやっつけるだけ、って思ってる人にも1人ならず会ったことがございまして。子供の頃に親父が実演してみせたのも、どういう発音だったかなんて憶えてはおりませず、そもそも当時の自分には初めから聴き分けられる道理もなく。

なお、やまとことばが優先という国学者のこと、「字音」とは書いても、読みは義訓で「もじごえ」だとかいう話なんですが、だってその「もじ」だって所詮は漢語の「文字」ではないか、と思っちゃうあたしのひねくれぶりにも何ら揺ぎなく。

と言うか、甚だ曖昧な話で毎度恐れ入ります。『奥の細道』の「過客」に添えられた「くわかく」がその字音仮名遣いを示したルビだった、ってだけの話なのでした。それが本来は /kwa.ka.ku/ という3音節を示すべきもの、ってことでして(たぶん)。3音節ってところは現代表記の「かかく」と変りませんが、「過」の発音が元来はもっと厄介なもの、ってのを誇示するかのような表記法が、要するにこの字音仮名遣い……ってこともないでしょうけれど。
 
                  

字音仮名遣いなんぞという、今どきは流行らない表記法にも戦後の改変は及び、通常は「くわ」ではなく「くゎ」とはなりそうなところ、件の教科書では「ゎ」が前後の「く」や「かく」と同じ大きさだったんですが、それは恐らく全体がルビ、振り仮名だったからでしょう。現今のデジタルフォントとは異なり、昔の印字は画然たる大きさの規格に従うしかなく、英語の(英国の?)活字用語 ‘ruby’ を語源とする「ルビ」、つまり振り仮名も、それ自体がかなり小さな活字を指すものではあり、拗音でも促音でも、それ以上小さくはしないのが(かつての?)作法……ではありましょうから。

でもそういう小さい文字(「捨て仮名」とも)って、公文書とやらでは戦後になっても、それどころか、なんと前世紀末、平成改元の前年までは片仮名に限って用いられ、平仮名については戦前のまま、拗音も促音も字の大きさは変えなかった、ってんですね。でも学校の教科書では当然平仮名にも小形の活字が頻用されていたので、やっぱりあの「くわかく」という表記はルビなるが故、ってことになるんでしょう。

欧文組版(くみはん)が主体とは言え、かつては印刷業界ともいささか関わりがあった身なれば、これについてもいろいろ能書きを並べたきところ、さすがにそんなことについてまで述べていたのではいよいよ収拾のつけようもなくなりましょうから、それもまたいずれ改めて、ってことで(たぶん)。
 
                  

さて、ここに至ってやっと、本来は訓令式ローマ字についての愚論への付足しであったその「くわかく」の一件から芋づる式の如くさらに想起されたクイーン絡みの与太話とはなるのですが、いったい何をどう想起したのかと申しますと、その「くわ」が表す(かに思われた) /kw/ という音韻が、英語の ‘qu’ という綴りに付随する発音と似たようなもんじゃねえか、ってことだったのでした。

まあ、「く」の字が表す音(それが国語では本来「子音」=「父音」+「母音」)にはよんどころなく[ウ]という母音が不可分に取り込まれちゃってるため、所詮仮名文字では父音(頭子音)たる /k/ のみを記す方途がないだけでなく、前回までの駄文で述べておりますとおり、この「くわ」が指す元来の字音は飽くまでその父音のほうに円唇を加えてワ行音的要素を添えた [kʷ] ってのがほんとのところですので、実はこれ、英語音の /kw/ とは別なんでした。あたしが連想的に思い出しちゃったってだけで。でもまあ、想起しちゃったんだからしょうがない。
 
                  

英語では、 ‘qua...’ とか ‘qui...’ といった、語頭や語中の ‘qu’ は、大半が /kw-/ という音になります。その前にまず、 ‘qu’ と綴られたらその後にはほぼ例外なく母音字が続き、ごく少数の特殊なものを除けば悉くが ‘qua-’、 ‘que-’、 ‘qui-’、 ‘quo-’ ばかりなのでした。その殆どが /kw/ +母音として発音されるという次第。経時的な音韻変化で単純化し、 /w/ 音が脱落するといった例外もありますけれど。まあ、どのみち辞書の見出し語としても、語頭が ‘q’ ってやつはかなり少ないほうではあります。

いずれにせよ、もともと古英語の文字にはこのラテン文字に相当するものがなかったとのことで、今日 ‘qu...’ と綴られる語の多くは、11世紀のノルマン征服後にもたらされたフランス語(ノルマンジー訛り?)の表記法が、古来のアングロサクソン方式を上書きした結果だとも申します。今般の論題であった「クイーン」、 ‘queen’ などは、 ‘cwēn’ と今日ラテン表記されるかつてのゲルマン方式を書き換えたものだというし、同じく ‘cwic’ だったものが ‘quik’ に転じ、それが現今の ‘quick’ ではある、といった塩梅。いずれも、音はむしろ古英語以来の習慣を残すもので、発音が仏語風に変えられたということではないものとは思われます。わかんないけど。

でも、カナダのケベック、Quebec (Québec) はその「ケ」っていうカタカナ表記のほうがよっぽどフランス語っぽいようで、[クウィベック]みたような英語音(/kwɪˈbek/)はやっぱり仏語由来ではなく、古英語時代の因襲を引きずったものなんじゃないかしらと。裏腹に、 ‘cuisine’ の頭が /kw-/ なのは、仏語を(下手に?)真似た結果で、まあこちらは純然たる(後代の)外来語ってところが基本的な違い、ってところでしょうか。

とにかく、「クイーン」に限らず、「クイズ」も「クエスチョン」も「クオリティ」も、あるいは「アクエリアス」の「クエ」なんかも、例外なく頭は /qw-/ であって、[ク+母音]ではない、ってことなんですが、結構それを知らない日本人は珍しくないようで。中高でもそこまではちゃんと教えちゃくれないし。少なくともあたしは特に習った覚えがない。教科書にも辞書にも(当時のこととてかなり精度の低い)発音記号は書いてあったけど、そもそも教師たちがその記号読めませんでしたから。まあいいか。
 
                  

……などと言ってるうちに、ついでのようにまたちょいと余計な話を連想しちゃいましたので、ここでそれも少々。

英語の綴りと発音における慣習に不案内なための勝手なカタカナ読みの例には、たとえばロッド・スチュワートってお人の名前ってのもあったんでした。性差別的だとかでとっくに廃されたかのような「スチュワーデス」って言葉もまた同様なんですけど、これについては以前にも言及しとります。

これ、 ‘Stewart’ の ‘war’ ってところを「ワー」だと思い込んでるってわけですが、それはまあ無理からぬところではあるにしても、じゃあその前の ‘te’ が「チュ」なんてことんなるのはいかなる理屈によるものやら、とんと了見が知れませず。こいつぁどうでも「テ」でなくちゃ間尺に合うめえ、ってなもんでして。

元の英語音を素直(安直)にカタカナにするなら、「ステューアト」てえほうが実はよっぽどそれっぽい。北米訛りを誇示したければ「テュ」ではなく「トゥ」とかね。おりゃあそれも「テゥ」ってほうがほんとなんじゃねえか、とは子供の頃から思ってんですが、そりゃまあしかたがねえ。

とにかくこれ、「スチュ」+「ワート」じゃなくて、 ‘Stew’ + ‘art’ ってことなんです。それがどうしたと言われればまったくそれまでではありますが。
 
                  

休題閑話。話を戻しまして、 ‘qu’ の発音における「法則」には勿論例外もございます。 ‘question’ は「クエスチョン」(「クェスチョン」?)ではなく「クウェスチョン」ってほうがまだなんぼかまし、ってところなんですが、これが ‘questionnaire’ だと、初めが /kwes-/ じゃなくて /kes-/、 つまり「クエスチョネア」ってより「ケスチョネア」のように言う人ってのもいるんでした。これ、日本では「アンケート」という仏語(enquête)由来の外来語で呼ばれるやつ(の用紙? 質問票?)のことでなんですが、昨今は、いよいよその度合を強めつつある ‘spelling pronunciation’、「綴り字発音」の風潮を反映するが如く、かつてに比べればその「ケス……」式の発音はすっかり衰えちゃったような。

一方、「ケベック人」を指す ‘Quebecois'(Québécois)の場合は、英語でも /w/ は挿入せず、 /ˌkeɪb e ˈkwɑː/、[ケイベクワー]みたようなのが普通の発音だったりってこともあります。地元ではフランス語優先だろうとは思うんですが、その仏語だと最初の二重母音 /eɪ/ はまったく余計。[ケイ]じゃなくて[ケ]って感じなんですけど、 /ke be kwa/ ってえとよっぽど日本語に近いじゃん、って気もしたりして。3音節めなんざ宛も件の合拗音……ってこともねえでしょうけど。

実はこの[エイ]っていう二重母音、英語における外来語全般の作法てえか癖てえか、仏語に限らず、素直に[エ]って言っときゃいいものを、大抵はわざわざ[エイ]にしちゃうんですね。それが外来語の印、とでも申すが如く。まあこの例では英語でも単母音で[ケ]って言う人も少なくはないようだし、[ベ]ってところも[ビ]っぽかったり[バ]っぽかったり……ってところが英語ならではのいいかげんさ(?)。
 
                  

なお、‘antique’ や ‘technique’ などに見られるように、語末では母音字が形骸のみとなり、 /k/ だけというのが通例ではあります。そうではない、語頭や語中(‘liquid’ とか ‘sequence’ とか)の ‘qu’ を /kw/ と発音する習慣は、やはり古英語の発音に即した表記を、ノルマン人の持ち込んだラテン式の仏語綴りに置換したことに発する……のでしょう。その習慣が、その後もフランス語や、またはそれを介してラテン語から英語に流入した語彙においても習慣化するに至った……とか? またわかんないけど。

‘mosquito’ のように、 /w/ 音を伴わない例もあるんですが、それはさらに後代、スペイン語あたりから移入されたものとのこと。 ‘qu’ が /kw/ となるかどうかは、語源、というより原語が何か、およびその言葉が英語として使われ出したのがいつ頃なのか、といったところで概ね分れるのではないか、とも思われます。やっぱりわかんないけど。
 
                  

てな次第で、本題たる(たぶん) ‘queen’ の発音は[ク]+[イーン]じゃないのよ、って話にはひとまず決着がついたかのようではありますが(てえか、その話はほんのちょっとで済んじゃったような)、ここまで書いてるうちに、またもちょいと気になることどもがあれこれ想起されちゃって、別にもったいないなんてこともないんだけど、どうせならそうした複数の蛇足も加えときたい心地ではございます。上で例に使った ‘mosquito’ からは、 ‘qu-’ の代りに ‘gu-’ と書いて /gw-/ と読むのは大概スペイン語由来だったな、ってことを思い出しちゃったり……とか。

とは言え、それをこのまま続けてたらまたしてもむやみに長くなるは必定。折角早めに切り上げるのにも慣れたことだし、今日のところはこれまでと致しとう存じます。敢えて諄い言及を避けといた話柄のほじくり返しとか、新たな蛇足の類いなどはまた次回(以降)ということで。

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