ああ、先行する父音(頭子音)と一緒くたにして「無声子音」って言うことにしたんだった。「子音」という語の持つ両義性により、やっぱりこれにゃあ無理があったようで。英語の ‘vowel’ =「声」と ‘consonant’ =「共鳴音」の訳語として、安直に国語音の「母音」「子音」ってのを当てちゃったのが混乱の元(「父」は亡き者にされたかのよう)。最初にもうちょっと考えて貰いたかったぜ。
それはまあさておき、この歌の一番の歌詞に出てくる該当部分が、〈ないですか〉の[ス]、〈つのります〉の[ス]、〈着てはもらえぬ〉の[キ]、〈編んでます〉の[ス]、〈きた(北)の宿〉の[キ]でして、これらはすべて発話時には母音が無声化し、そうしないと東京発音にはならんのです(少なくとも俺の目の黒いうちはそうはさせねえ……って言ったってなあ)。
石川さゆりが歌う『津軽海峡冬景色』でも、〈おりたときから〉の[キ]、〈きた(北)へ帰るひと(人)の群れは誰も無くち(口)で〉の[キ][ヒ][ク]、〈私もひとり〉の[ヒ]、〈泣いていました〉の[シ]、〈ふゆげしき(冬景色)〉の[シ]と、1つも取りこぼすことなく悉く有声母音で発音され、これはさしずめ、演歌という多分に「伝統的な」歌曲では、音楽的な要因(歌詞の各音節に付される音が比較的長めであるなど)により、『赤とんぼ』だの『浜辺の歌』だのといった童謡、唱歌と同断、ってことなんでしょう(かしら?)。
因みに、都はるみは京都出身とのことですが(またぞろ在日だの何だのと益体もないケチをつけたがる向きもいて、ダルい限り)、この歌い方(発音)が必ずしも京都人だからってわけじゃないのは、石川女史がもともと無声母音の欠落がない九州(熊本)生れで、かつ10歳以降は奇しくも、前回まで勝手に論っておりましたオフコースの小田や鈴木と同じ横浜育ちってことからも知れましょう。石川は、九州人には厄介の種ともされるガ行鼻濁音も当然まったく無問題ってことで。
しかし、既述ではありますが、ある時期までの芸能人(全国向けの?)なら、演劇人ならずとも、大半がむしろ基本技能として完全な共通語、東京方言の発音法を身につけているのは前提の如きものであり、京都の出と言ったところで、都はるみも話すときには非東京語的な訛りは微塵もなく、無声母音の無視は飽くまでこれが歌だからであるは灼然。これらの演歌を聴いていて何ら違和感が生じないのは、既述の如くやはり音楽的条件によるものでしょう。オフコースの『さよなら』とは、メロディーの符割その他、基礎的要因とでもいったものが根本的に違うってことですかね。両人がそのオフコースの歌を歌ったらどうなるか、ちょいと気になったりもして。
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……と思ったけど、もひとつ気づいちゃったことが。何の気なしに、ほんとテキトーに選んだつもりのこの演歌2曲、どちらも正統的(?)演歌の王道たるヨナ抜きペンタトニックスケール(4度と7度を欠いた5音音階)ではなく、メロディー自体がかなりお洒落なんですね。自然短音階に含まれる7音をすべて使い、かつ7度音(短調の階名では《ソ》)が半音上がった和声短音階のものも抜け目なく活用という、なかなかに凝った作り(まあ、半音上がるのは、そこのコードがそうなんだから、どうしたってそうなっちゃうわけだけれど)。
「北の……」は小林亜星、「津軽……」は三木たかしの作ですが、どちらもいわゆるド演歌の専門家じゃないからでしょうか。演歌なら何でも好きって人たちも、演歌と呼ばれるものはすべて唾棄って人たちも、畢竟表裏を成すが如き非音楽的ともがらに過ぎまい、とは思惟致す所以。なんちゃってね。んなこたどうでもよかった。(再び)蛇足終り。
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さて、恣意的に選んだこの2つの演歌とは対極にあるのが、2016年秋、東京語の音韻についての愚見に始まるこの一連の駄長文を書き始める直前に死去したりりィの『私は泣いています』という自作曲。「フォーク」という括りは時代的なもので、まあポップってやつなんでしょう。それが、音楽的には多分に演歌的な作りってところに軽く反発を覚えまして、発表当時はあまり好きではなかった(ってより嫌いなほうだった)ヒット曲だったのですが、2016年の暮頃には、追悼放送とでもいうつもりか、久しぶりにラジオでこの曲を何度か耳にし、改めてその無声化ぶりに少々驚いたのでした。
やはり未だに多少演歌臭は感じられるも(特にイントロ……そりゃ俺だけ?)、ボーカルは絶妙、さすがです。今どきのような事後の補正などは一切ない筈で、結構頻繁なピッチのブレにさえ、そこがまたライブシンガーの力量の表れか、といった風格が漂っておりますな。いずれにしろこの歌、演歌的因子がつきまとう分(?)、都はるみや石川さゆりとの対比としては好個の例……ってこともないか。またテキトーなことを言っちまった。ごめんなさい。
ともあれ、これの何が驚きかと申しますと、いきなり〈私は泣いています〉の「す」がまったくの無声ってところなんです。このデスマスの[ス]、無声父音に挟まれているわけではなく、/s/という無声音に[ウ]という母音が付随するだけなのに、文末という条件下ではこれも無声化するのが東京音では通例……ってことは先般申したとおり。しかしその東京発音でも、これがしばしば有声で発音されることもまた既述のとおり。そのほうが何となく丁寧な風情を醸すようでもあり、言わば「営業的」発音とでも申しましょうか(?)。
とにかく、話すときでさえそうなんですから、まして歌メロであれば、「北の宿」からの「つのります」「編んでます」と同様、有声にしても何ら「うるさい」ってことはないし、だいいちこれを無声にしたのでは、肝心のメロディー自体の尻尾が曖昧になってしまうんですよね。何となくそれまでの流れから、直前の[マ]より低いのだろうと受け取ってしまうって寸法で、実際この歌を別人が歌う場合、ほぼ例外なく有声でやってるんですが、りりぃ本人の歌い方だと飽くまで無声であり、要するに高さがわかんないってことなんです。
小田和正が『言葉にできない』で、〈嬉しくて〉の[シ]を無声にしているのなんて、これに比べれば遥かに自然です。そこを有声で歌う人たちは、本職の歌手も含め、世の中結構いるんですけどね。
……と油断してたら、このりりィの歌、〈歩いてきたの〉〈直してみます〉の「き」と「し」はフツーに有声になってるじゃありませんか。前者は長めでもあり(アレグロ?で4分:♩)、何より前後とは高さが違うのだから、まあこれは穏当とも見なせましょうが、後者はそれより短く(8分:♪)、後続音節[テ]と高さが同じですので、〈泣いています〉のように、文末(メロディーの末尾)の[ス]を完全に無声化する潔癖さ(?)に比し、何やら肩すかしを喰らったかのような心地。
この歌に出てくる「無声化狭(せま)母音」の対象音節は結局都合3つだけで、繰り返し出てくる上記〈います〉の[ス]の他は、上に述べた〈きたの〉の[キ]と〈直して〉の[シ]のみ。うち、最も無難に無声化し得る〈直して〉の「し」は有声にしておきながら、発話上でもしばしば敢えて無声化が閑却される〈います〉の「す」が悉く無声ってのは、やっぱりちょいと異常にさえ感じられます(大袈裟な)。ことによるとそれ、「私は泣いています」ってフレーズをより印象づけるための演出だったりして。そんなこたないか。
因みにこの人、言語形成過程は石川さゆりと似ており、生れは福岡ながら、小3から東京暮しとのこと。ガ行鼻濁音は欠けるものの、無声母音については西国(本来はそれこそ九州の別名)にあって珍しいような東京発音の共有地域の出身、ってのはもう関係なくて、まあ東京語が母語ってことですね。日常の発音に関しては、横浜育ちの石川や小田と条件は等しいと申せましょう。
さて、宛然最後っ屁って感じで、この曲についての、言語ではなく音楽的な能書きも少々付け足しときます。あたしがこの曲を妙に演歌っぽいと思った要因としては、まあ先述のとおり前奏の冒頭から匂(臭?)い立つ立つが如き、いかにも昭和的なアレンジってところだけではなく(それ自体がかなりの偏見)、都はるみや石川さゆりの例とはむしろ裏腹に、歌メロ自体が一部演歌的音階の特徴を見せるからなんです。『北の宿から』も『津軽海峡冬景色』も、既述のとおりヨナ抜き音階とは懸隔し、自然短音階に和声短音階を加味した、何気なく重層的なメロディーであるに対し、この『私は泣いています』って、「ヨ」、つまり4度(階名《レ》)は出てくるけれど(〈あなたに逢えて〉の「あ」「に」「え」その他)、「ナ」、すなわち7度(階名《ソ》)は使ってないんですよね。
……っていうのは疎漏な言いようで、『北の……』や『津軽……』にも用いられている半音高い7度(それを構成音とするのが和声短音階)は出てきます。〈私は泣いています)という冒頭の歌詞に続く〈ベッドの上で〉の「ド」がその音(歌詞とメロは通してそっくり二度繰返し……なんてこたあこの歌知ってりゃ言うまでもありませんね)。つまりこの曲、「ナ」も抜いてるわけじゃなく、半音高くなってるってことなんでした。それでも、「自然な」7度音程がまったく出てこないというところが、そこはかとない演歌臭の犯人ではありましょうか。いや、そもそもこの曲(あたしにはもとより歌詞の内容は無関係です)を演歌っぽいと思うのが常軌を逸する感覚なんでしょうかしらねえ。まあいいか。
さらに付言致しますと、改めて聞き直すまでずっと勘違いしていた音程もありまして、あたしにとっては〈います〉の[ス]が無声だったというのに匹敵する意外な事実。それ、上述の〈ベッドの上で〉の「上」の2音節目、[エ]なんですが、あたしゃずっとこれ、実際の[ウ]と[エ]の中間の音程、つまりはこの曲の基本音階の起点たる《ラ》(階名です。ニ短調 =Dmの曲なので、音名は《二》=Dってことに)を半音上げたものだと思い込んでたんでした。本人の歌では素直な《ラ》になってんですねえ。どちらであっても、ここのコードの構成音にはない音なんですが、とりあえず半音上げとけば、何て言うか、一種の経過音の如きものとして、あからさまな不協音程感は回避できる、とでも思ってたんでしょうか、あたし。思ってたってえか、無意識のうちに本人がそうやってるものと信じ込んでたんでした。
40年以上も気づかずじまいだったのは、やっぱり曲自体があまり好きじゃなかったからでしょうね。当時は頻繁に聞こえてたもんですが、ちゃんと傾聴などしたことがなかったもんで。今聴くと、件の都はるみや石川さゆりの演歌同様、なかなかいいんですけどね。特にあの声には今さらながら三歎。
いずれにしても、まったくどうでもいい話で恐縮至極。
さて、斯かる仕儀にて、じゃないや、ええと、以上をもちまして、この放恣を極めた長駄文も、これにて漸く終幕と相成ります。ふ、終りは常にあっけないもんで。 でもやっぱりちょいと寂しいので、駄目押しの如く、今一度主旨を総括しとこうかしらと……。
「言葉を大切に」、飽くまで「赤とんぼ」の古臭い高低アクセントに拘ってかの名作童謡にメロディーを付したという山田耕筰の偉業を讃えつつ、まさにこの1語に限って、今のこの時代に自分でもその古形アクセントを使ってしたり顔になってる軽佻浮薄のともがらよ、っていう言いがかりに端を発し、まずその山田だって全然発話時の高低を守った曲作りに徹してなんかいねえし、それよりも、音節の高低なんぞに比べりゃよほどのっぴきならねえ筈の発音上の法則、無声父音に挟まれた狭母音は容赦なく無声化するという現象には一顧もくれぬという浅慮、偏頗に対する、悪意に満ちた論難、ってところでしょうかね、つまるところは。
主眼はもちろん、アクセントなどという、本質的に多様であるとともに極めて流動的な(つまり不易不動の法則なんざハナからあり得ない)もんなんかより、江戸の昔から連綿と継承されてきた現代標準国語音たる東京発音(今のところはまだ辛うじて?)の基本的要件が、歌メロにおいても(一部)反映されているのは、『赤とんぼ』などがその正統性を誇示する昭和前期までの歌曲より、一部には未だに棲息する「アクセントに反するメロディーは許すまじ」てな頓痴気ども(最近はあんまりいないかも)がエッラそうに見下しやがる(かつては見下していた?)、洋楽もどき(?)のポップのほう(だった)じゃねえか、っていう入念極まる与太話。
やはり徹頭徹尾言いがかりだったてえこって。こりゃ自己確認ってやつだったか。
おっと、最後の最後に、またも思い出しちゃったことがありましたわい。
昨今、NHKのラジオ聴いてると(民放も同じ?)、数字の「7」を「シチ」ではなく「なな」としか言わないんですね。これ、昔から「1」すなわち「いち」と聴き違える恐れがあるから、などと言って、「シチ」じゃなく「なな」というのが妥当、なる主張を為す向きはおりました。
でもあたし、幼児の頃にはもちろん和語と漢語の区別なんか知りゃあしないから、「いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな……」って言ってたら、親父に「よんじゃなくてシ、ななじゃなくシチだ」って言われ、何でかは知らないまま、ああそうなんだ、と思って以来、今に至るもその規範を守っております。誤解や混乱を避けるための言い換えってのはよくあるけれど、これに関しちゃ未だに亡父の姿勢に肩入れしたくなっちゃいますな。まあ「70年代」は「ななじゅうねんだい」だけどね、俺だって。
でもこれ、音訓の無用な混淆がけしからん、ってことでもなくて、単純に「イチ」と「シチ」を聞き違えるなんてことがあるかよ、ってところが気に食わねえんですよ。無声母音の欠落した地方の発音だと、両者の違いは父音/ɕ/の有無だけってことになり、それだとやっぱり紛らわしいってこともあるのかも知れねえけど(実際はどうなんだか)、少なくとも東京発音ならまずその気遣いはねえでしょうよ。頭に父音がくっついてるかどうかより、肝心の母音自体が「しち」だと完全に無声化しますから、「イチ」の第1音節[イ]との違いは歴然。両者が紛らわしいなんてこたあり得んでしょう。
自分の経験ではそれより、「2」と「5」の聴き間違いってほうがたまにあるんですよね。あたし自身にも他の人たちにも。つい昨日(2018年4月2日)も、コンビニで幼い兄妹の会話にそれが生じておりました。兄が「二百円」って言ったのに対し、妹が「え? 五百円?」って訊き返してたんです。
互いの母音は随分違うのになぜかと思って考えたところ、これも地域によって差はあるものの、ナ行のふりした[ニ]っていう音韻、例のイ段口蓋化現象が容赦なく発現し、実際はガ行鼻濁音の[ギ]とまったく同じなんですよね。てことは、そのガ行鼻濁音を欠く俚言ではやっぱり発音法が別なのかも知れませんが、とりあえず東京発音における[二]と[ゴ]の父音は、いずれもほんとはガ行音で、ただ前者には鼻音化が施されるってだけの違い……だったりして。
とにかく、[シチ]における、かなり強烈な摩擦音に無声母音の連なった音である[シ]が、父音のまったくない母音だけの、当然紛う方なき有声音たる[イ]に聴こえるなんてこたあ、あたしの感覚ではあまりにも非現実的なんですがねえ。やっぱり地域差ってのはあるでしょうし、無声母音自体が徐々に日本語全体から消滅しつつある昨今、あるいは既に多くの日本人にはその有声無声の峻別が困難で、[シチ]と[イチ]が実際紛らわしいってこともあるんでしょうかねえ。そこが今ひとつ判然としないところ。
だからって、『七人の侍』が「ななにんのさむらい」、『四十七士』が「よんじゅうななし」なんてえことんなってたまるもんけえ。……いずれなっちゃったりして。「四万六千日」なんざ、とっくに「よんまんろくせんにち」って誤読する者が、いい歳したおとなにだっていやがりますからねえ。ま、「七草」を「しちくさ」って言ったら、「質草?」って思われそうだけど。
……てな塩梅で、これにて今度こそほんとにおしまいです。ちゃんとくだらねえ終幕とは相成り、ひとまず満足。
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